夏休み

01








「あーづーいーさー。」

照りつける炎天下の中ラビは絶叫した。

残念ながら、絶叫しても太陽が遠慮するわけでもなくジリジリとグランドを焼き付けた。

終業式で、明日から楽しい夏休みだというのに、この暑さはなんなんさと憤慨する。

もういっそプールに飛び込んでやろうかと思い、グランドの端っこのプールを見るとプールの入り口でかがんでいる人間を発見した。

もしかして、同じ考えなんかなーと思い、興味本位でその人物に近づいた。




「あれ?神田さん。」

グランドの隅にしゃがみこんでいた人物は、ゆっくりと振り返った。

「何やってるんさ?もう皆帰ってって・・ぅわっ」

振り返ったクラスメイトの神田ユウがグラリと倒れかけ、あわてて抱きかかえる。

長時間外にいたのか、彼女の長い髪は熱を吸収しており、触れた体もかなり熱かった。

「だいじょぶ??熱中症さ!!」

呼びかけても反応を示さず、ラビはあせって彼女を背負い保健室へと走った。




「失礼しまーす!!」

ガラッと扉をあけると、ひんやりした空気の中に消毒液の匂いが混じる。

終業式の日の午後なので、ほとんど生徒がいないせいか、保健室も無人だった。

しかたなく、空いているベットに彼女を寝かせ、足の下に枕をいれる。

「えーっと、足高くして、あとは・・アイスパックどこさ!?」

冷凍庫からアイスパックをいくつかだし、タオルでくるんで首やワキの下にいれた。

水でぬらしたタオルを神田の額にのせ、ふぅっと息をついた。

呼吸も規則正しくしているし、まずは一安心だろう。

机においてあるうちわでパタパタを風を送る。



(夏休みまでに仲良くなれんかったさー。)

入学式の日に一目惚れした神田ユウを見ながらため息をつく。

何度か告白しようとした。

が、彼女にフられたという男子は後をたたず、その噂を聞くたびに告白する勇気は針でつかれた風船のようにしぼんでった。

一度、女子がなんで誰ともつきあわないのか?と聞いたところ、「知らない奴とつきあえるか。」と単純明快な答えが返ってきたらしい。

じゃぁ、お友達からと思いながら、なかなか彼女との距離は縮まらず、あっという間に4ヶ月は過ぎ去った。

こんな近くにいるのは初めてかもと、ベットに頬杖をつきながら、神田ユウの顔を覗き込んだ。

(いい匂いさー。)

ここぞとばかりに寝ている神田を見つめる。

夏なのにあまり日焼けしてない白い肌、長いまつげ、色づきの良い唇・・・、

吸い寄せられるように近づき、気がつくとキスしていた。



ガラッ

「あれー?だれか病人さん?」

急にドアが開き、ビクッと神田から離れた。

入ってきたのは、社会をおしえているティキだった。

「う、うん。神田さん熱中症っぽくて倒れたんさ。」

動揺を悟られないように平静を装って答えた。

「ふーん。」
意味ありげにニヤッと笑われ冷や汗が流れる。

「っティキはなんでココにいんのさ?」

「俺?俺は保健のセンセーの代理♪」

ツカツカとティキはベットに近寄り神田に視線をやった。

「さすが、お前だね。熱中症の対処方法バッチリじゃん。」

「急に倒れたからビックリしたさ。」

ティキは窓際にたちカーテンを閉めた。

神田にキスしたことはどうやらばれていない様子にラビはホッと胸をなでおろす。

「お前、一人で運んだの?」

「うん。そうさー。保健の先生いなかったから、あせったさ。」

「エライじゃん。ちゃんと処置できて。そんでキスちゃったわけか。」

「なっ!!」

言葉が出てこず口がパクパクあく。

「いやー、ビックリちゃったよ。部屋入っていいか迷ったもん。」

ティキは椅子に腰かけニヤニヤとこっちを見る。

嘘つけ!!と心の中で叫んだ。

「・・・神田さんには、言わないでさ。」

「もちろん。言わないよー。彼女曲がったこと嫌いそうだもんねー。寝込み襲われたなんて知ったら、どう思うかなー?
それより聞いてほしいお願いがあるんだけど、ラビくん聞いてくれるかなー?」

ティキの完全におもしろがってる口調に、もっとも弱みを握られたくない人間に弱みをにぎられた自分の不運をなげいた。













02









目を開けると一面オレンジ色だった。

「大丈夫さ?」

声がしたほうを見ると夕陽に染まった同じクラスのラビがうちわでこっちを扇いでいる。

「ああ。」

状況がよくわからないままゆっくりと起き上がる。

ぬれたタオルが額から外された。

「よかったー。熱中症で倒れたんさ。ずっと起きなかったからどうしようと思って。」

はい、ポカリと言ってよく冷えたペットボトルが手渡された。

「は?倒れた・・・?」

ボンヤリする頭で自分が何をしていたのか思い出す。

物足りない自分の手首に気がつき、眉をひそめた。

ラビが、保健室の電話で誰かに電話しているのが見える。

「・・・うん。うん。神田さん目が覚めたから、もうちょっとしたら、家まで送ってくさ。」

なぜか、そのあとラビは「うるさいさっ」といってガチャンッと乱暴に電話を切った。

「悪い。もしかして、ついててくれたのか?」

「ううん。大丈夫さ。もう気分が悪いの平気?」

「ああ。大丈夫だ。」

ラビは返事を聞くとニコッと笑い、「帰れそう?」と聞いた。

そして、いいと言うのに鞄を教室から取ってきてくれ、送っていくと言い張った。








「自転車とってくるから、待っててさ。」

そう言ってラビは自転車置き場へ走っていった。

「日陰で待っててねー。」と言いながら。

グランドで陸上部が帰りの号令かけているのが聞こえる。

やはり、落ち着かない左手首に触れながら、プールの入り口に近づく。

入り口付近の水たまりを注意して避けながら、注意深くあたりを見わたす。

自分の探し物は見当たらず、もう日が陰りそうな様子に「はぁ。」とため息が出た。



「何か探してるんさ?」

急に声をかけられ、ビクッとした。

その拍子にバランスを崩し、濡れている地面に足を滑らせた。

腰に走る鈍い痛みと、ジワッっとひろがる嫌な感触に「チッ。」と舌打ちを打つ。

水たまりの中で尻もちをついている自分に、ラビは自転車を置き駆け寄ってきた。

「ごめんさ!!大丈夫??」

「平気だ。」

立ち上がりグッショリ濡れたスカートを確認して、今日が最終日でよかったと思う。


「急に、声かけてごめんさ。コレ使って。」

自分以上に慌てているラビは、ブレザーを脱ぐと差し出した。

「別に、いい。コレぐらい大丈夫だ。」

「でも、帰るとき、スカートの色変わっちゃってるから目立つさ。コレ腰にまいて。」

「あ・・・・、いいのか?借りても?」

「うん。明日から授業ないし!!」

借りたブレザーを腰にまき、意外にコイツでかいんだなと思った。

2人で、校門へと向かった。


「何か探してたんさ?」

「数珠・・・。」

何もつけていない手首をチラリと見る。

「ああ!いつもつけているやつ??」

コクンとうなづきうつむいた。

「一緒にさがそう?もう暗くなってきたから、熱中症にもならないさ。」

2人でさがしたが、結局見つからなかった。





ラビに家まで自転車で送ってもらい、湿ったブレザーを見ながら、今日は世話になりっぱなしだったなと思った。



















03





「はい、超特急でやっといたわよ。」

近所のよく利用するクリーニング屋から昨日の夜出しておいた制服を受け取る。

店の中だというのに店員のジェリーはサングラスをしていて、怪しいことこの上ない。

その上、ガッシリとした筋肉質の身体には似合わないオネェ口調だ。

始めて店に足を踏み入れた時は、後悔しかけたが意外にも(?)仕上がりは、丁寧で時間の融通を効くこの店をいつの間にか愛用していた。

礼を言って店を出ると紙袋に丁寧に借りていた制服をいれ学校へ向かった。



校門をくぐると、まっすぐにプールへと向かう。

グランドからは、陸上部の練習の声とうるさいくらいのセミの声が聞こえる。

熱中症で倒れたのを思い出し、なるべく日陰を選びながら歩いた。

プールのフェンスに近づくとすこし伸び上がって中の様子を見る。




水泳帽をかぶらずに練習している派手な頭はすぐ見つかった。

「神田さん!!」

ラビもすぐに気が付いた様子でペタペタと音を立てながら、こっちに走ってきた。

「昨日は、世話になった。これ、洗濯したから。」

金網ごしにしゃべりかけ、持っていた紙袋を少し上にかかげた。

カシャンとラビはフェンスをつかみ少し驚いた顔をみせた。

「わざわざよかったのに。ありがとー!すぐそっちいくさ。」



「あ!神田さん!!」

ラビの話し声に気が付いたのか、他にもプールで練習していた男子が数名集まってくる。

「え、神田さん、もしかしてコイツとつきあってんの?」

「マジ!?」

「やめた方がいいって!!コイツ高校入って彼女3人目だって!」

ワラワラと男子が集まってきて、視線が集まりカァッと顔が赤くなる。

「違うって!やめるさ!!」

ラビが抗議してるのを背中で聞きながら、その場を走り去った。







04







ジィーッと家の電話とにらめっこ。

携帯をもってからごぶさたな電話機は、鳴る気配もなくそこにある。

チラリと横におかれたクラスの連絡網の『神田ユウ』の文字とその下の暗記してしまった番号を見つめた。


はぁーーーーーっ

ため息の原因は今日の昼間にある。

入学式のときから、片思いしていた神田ユウと少し仲良くなれたのは終業式。

熱中症で倒れた神田ユウを家まで送り届け、貸した制服を返しにいくという神田ユウに「明日、学校にいるから」と伝えた。

ここまでは、今までに比べると大進歩だ。

なのに、なのに!!

制服をさっそく返しに着てくれた神田ユウに水泳部のやつらがあることないことではやし立てた。

彼女は走っていってしまい、あわてて水着のまま追いかけたが、彼女の代わりにゴズといういかつい男子が、

「神田さんから預かりました。」と言って制服の入った紙袋を手渡した。

「あ゛ーーもーーー!!」

ガシガシと頭をかきむってうめいた。



とりあえず、制服ハンガーにかけるかと思い、紙袋から取り出すとまだ底に何か入っている。

胸をときめかせ四角い箱を取り出し、包装紙をあけた。




「・・・・・なんで、蕎麦??」

ピリリリリッ、ピリリリリッ

今までならなかった電話が鳴る。今度こそ、胸をときめかせなるべく落ち着いて受話器をあげる。

「もしもし。」

「あ、ラビー?オレだけど。」

期待は二度にして裏切られる。

席替えのときも神田ユウと隣になれなかったし、遠足の時も一緒の班になれなかった。

ガクリッとうなだれていると電話の向こうの声は話続ける。

「もしもし?・・・教師無視するとは、いい度胸だなー。こないだの保健室のこと・・

「わぁーーー!!悪かったさ!!聞いてる!聞いてるさ!!」

「あ、そう?明日、部活午前だけだよな??午後空いてるか?」

電話の相手は、水泳部の顧問のティキだった。

神田ユウが寝ている間にキスしたのを見られてしまい弱みをにぎられてしまった。

「なんか用あるんさ?こないだん事は、水泳部の助っ人やるってことでチャラになったろ?」

キスを見られてしまった後、ティキは水泳部の大会に出てほしいと頼んできた。

もちろん、無言の脅しつきでだ。

「やだな〜。なんか俺が脅してるみたいじゃん。」

「実際似たようなもんさ。」

むぅっと受話器を持ったままふくれる。

せっかくの夏休みが部活のせいで、大半つぶれてしまう。

「で、明日の午後空いてる?」

「・・・一応、空いてるけど。」

「ちょうどよかった。明日ちょっと手伝ってほしいことあるから、部活終わったら教室にきてね。」

当分、こいつにこき使われる夏休みが待ってるかと思うとゲンナリした。










部活おわりで、髪が半乾きのままい教室に向かう。

昨日なんとか勇気をふりしぼって電話をかけたが神田ユウの家は留守だった。

(蕎麦のお礼も一日たっちゃったし、変かなー。)

なんとか神田ユウに会う口実はないかと考えた。

ガラッ

教室のドアを開けたままラビは固まった。

教室の中央に座り、机に突っ伏して寝ている神田ユウがいたからだ。

彼女はゆっくりと顔をあげてこっちを向いた。

「おまえも補習なのか?」

「あ、ううん。ティキにココに来るように言われて・・・。」

「ふーん。」

何か話さなきゃ、何か話さなきゃと呪文のように心の中で呟く。

シーンッとなった教室にラビはあせった。

「あ、あのさっ・・
「髪、濡れてる。」

ふいに神田はそう言ってわずかに、ほんのわずかに笑った。

たったそれだけの事なのにラビはクシャッと心臓を握られたような気がした。

「おーい、お二人さん。」

いい雰囲気に、少なくともラビはいい雰囲気に感じたところを間の抜けた声がぶち壊した。

後ろを振り向くと、教室のドアのところにニヤニヤした笑顔を隠そうともしないティキが立っていた。

「な、なんさ!?」

「悪いけど、オレ会議だから、このプリントやっててくれる?ラビ答え合わせよろしくな♪」

「わ、わかったさ。」

ラッキーすぎる展開にラビは少し警戒心を覚える。

しかしティキはそれ以上何も言わずに去っていった。


プリントとにらめっこしている神田にしゃべりかける。

「制服、クリーニングしてくれてありがとさ。」

「いや、世話になったのこっちだし。ちゃんと礼言えなくて悪かったな。」

「ううん。蕎麦もありがとー。」

「食ったか??」

蕎麦という単語が聞こえるとパッと顔をあげ、神田と正面から視線が合い、赤面する。

「いや、まだなんさー。」

「そうか。」

少し神田がションボリしたように見え、ラビは慌てて話題をかえる。

「で、でも、神田さんも大変さね。ティキもわざわざ夏休みに補習しなくてもいいのにね。」

「そうか?俺ひとりの為に補習してくれるし、いい奴だと思うけど。」

ひょうひょうとして、女子の人気を集めているティキに神田も好印象なことに、若干ショックを覚えた。

くそー!!アイツの本性ばらしてやりたいさ!!





05












ーーーーだって、しょうがないだろ?好きなんだから。





「じゃぁ、ユウ。また明日さ。」

ユウの家の近くで手を振る。

ほんとは、家まで送って行きたいんだけど、ユウがここでいいというので、我慢。

ずっと好きだった神田ユウと仲良くなれたのは、この夏休みの始め。

補習を受けるユウの採点を頼まれたのをきっかけに、勉強を教えるようになった。

毎日ユウに会いたいところだが、今のところ週に3回くらい。

勉強を教えるうちにいろんな話をして、ユウと呼ばせてもらえるようになった。

ここらで、もっと仲良くなりたい。

ユウが曲がり角に消えていくのを見守る。

この瞬間がめっちゃつらい。

「ユウッ!!」

寂しさに負け、つい叫んでしまった。

後姿だけで、十分に美しい彼女はクルッと振り返った。

「あ・・・・、えっと」

デートしたい・・・・けど、そんな直接的な言葉を言えるはずもなくだまった。

今日、ユウに勉強を教えている間中、必死で考えた誘い文句が一つも出てこない。

中途半端に呼び止めて、そのまま「う〜〜〜、あ〜〜〜〜」とうなっているラビを心配してかユウが戻ってきてくれた。

「大丈夫か?」

心配そうに眉をひそめて(ユウは、あんまり表情がないってクラスの奴らは言ってるけど、ちゃんとあるんさ!!ただ大げさに表現しないだけで、
わずかな変化でユウの表情が分かるほどにまで、仲良くなったんさ!!)ラビの顔をみる。

ユウに見られているって感じただけで、この夏の気温は例年の数倍暑いのではないかと感じる。

多分、顔真っ赤だし、心臓うるさいくらいドッキドキしてるし、こんなんじゃさりげなく誘うのは無理だなとあきらめた。

「あ、ごめんさ。言うこと忘れちゃったみたいさ。また学校でね。」

ユウに変な奴だと思われていませんように、と願いながら背を向けて立ち去ろうとした。

「あ、おい!」

ツイと制服のシャツが引っ張られて、振り向かされる。そこには、やっぱり心配そうな顔のユウが立っていた。

「お前、夏バテか?」

「・・・・・・へ?・・・いや、多分、違うさ!!全然ダイジョーブ!!」

デート誘いたくて、モジモジしてたんですとも言えずに、ユウの誤解を笑ってごまかす。

「でも、顔赤いし、今日ボーッとしてること多かったし、疲れてるんじゃないのか?」

ユウの大きな目が心配そうにのぞきこんでくる。ここで、デートに誘う言い方をずっと考えてましたなどいえるはずがない。

ここはいっそ、さっきのと今日一日の挙動不審はすべて夏バテのせいということにしてしまおうと心に誓った。

「そ、そうかもさぁ〜。最近、食欲もあんまりなくて(恋わずらいです・・)なんか、頭もボーッとしてるかも(ユウの事考えてるんです)」

「大丈夫か?しんどい時は、勉強教えに来なくていいからな!それに、お前水泳部なのに、食わなくて平気なのか?」

本気で心配してくれるユウに心がチクンとする。(ホントはキュンとしたけど)

「大丈夫!大丈夫!!ちゃんと食うようにするさぁ〜。今日はそうめんでも湯がいて食うから。」

ニコッとユウを安心させるように笑う。「そうめん湯がくってお前、一人暮らしなのか?」

「ううん。じじぃと一緒に住んでるんだけど、しょっちゅう家空けてるから、ほとんど一人暮らし状態さぁ〜。」

「そうか。」ユウはじっと考え込むように、靴の先を見ている。

次にユウが顔をあげた時には、意を決した表情をしていた。






「よかったら、めし食っていくか?」





















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冬から始めて、まだ終わってないよーー。
思春期・青春イチャラブを書きたかったのに・・・

進むべき方向はあっているのか!?