鶏肉、白菜、ニンジン、豆腐・・
ぽいぽいとカートに食材を突っ込み乾麺のコーナーで足を止めた。

「あれ?ラビじゃない」
よく知った声にカートを押したまま振り向く。
後ろに立ってたのは、予想通りリナリーだった。

「リナリー。晩ご飯の買い物?」
「ええ。兄さんが今日はお肉が食べたいって言うから・・・」
ほんとはカレーの予定だったんだけどね、と少し怒ったように言うリナリーはとても幸せそうだ。
コムイとほんとに仲がいいんだなぁ。リナリーとコムイの絆が少しだけ羨ましくなる。

「ラビは?今日は自分で作るの?」
「えっ?あぁ、鍋しようかと思って。・・・ユウが来るし」
後半はしぼむように小声になる。アメリカから帰国して2週間。
帰国した日にユウにキスしてしまって、ユウへの気持ちがバレた。
ユウは、『オレを見てると甘やかしたくなる』と言ったきりで明確な答えはない。

「そうなんだ。仲良くやってるのね」
「それがっ!それがさー!」」
カートにガクッともたれかかり大きく嘆息する。
ユウの態度は前と全く変わってない。変わらなさすぎて逆に不安になるくらいだ。
今日も昼間にメールが来た。『今日は寒いから、お前ん家で鍋がいい』
金曜日はだいたいご飯を一緒に食べる事が多いんだけど、そのまま飲んでお互いの家に泊まったりとか・・・。

先週は居酒屋で食事して、今日はオレの家とか!!
オレ、ユウにキスしたよね?しかもユウはオレの気持ち知ってるんさよね?
なのに、そんな男の家にフラフラ来るとかユウは危機管理能力がどうなってるんさ!

「これって全くお前の事は何とも思ってない・・・ていう遠まわしの拒絶なんかなぁ?」
「神田がそこまで考えてるとは思えないけど?」
「ユウが酔っ払って泊まっていったら自分を抑えられる自信ないさ・・・」
「じゃぁ、ビール買うのやめたら?」
「それは、嫌さ!」



鍋の湯気越しには嫌いなものを避けながら、具材をすくっているユウの姿。
やっぱりユウはいつも通りに仕事帰りにオレの家に来て、鍋の前の席へと陣取った。
先にユウに座られてしまったから、散々迷ってユウの向かい側に腰を下ろした。

いつもなら隣に座って、酔ったフリして抱きついてたんだけど。
それも酔ってないってこないだバレちゃったし。

オレが隣じゃなくって、向かい側の席に座ってもユウは気にしてる様子もなくいつも通り・・・。
話す内容もいつもと同じ内容で。
ユウは何を考えているんだろう?やっぱりオレの事は何とも思ってないから、諦めろって事だろうか?
マイナス思考が頭の中を占拠し始めた時、ジッとオレの方を凝視しているユウの視線に気がついた。

「ど、どうしたんさ?ユウッ」
急に心臓がドキドキ大きく鳴りだして、声が裏返る。
眉間に少し皺を寄せたユウが真剣な声を出す。

「しめは、うどんか雑炊どっちにするんだ?」
ガクッ
ユウの言葉に拍子抜けする。そんなん真剣に悩まないでさ・・・
「んと・・・。蕎麦も一応買ってきたけど、・・・合わないよね?」
「蕎麦は合わねーだろ。蕎麦は明日の昼にする」

じゃぁ、雑炊かなーと言ってキッチンへと立ち上がった。
冷蔵庫を開けながら、さっきのユウの言葉が頭をぐるぐるとまわる。
明日・・・・、明日って事は今日は泊まるって事?
もうー!ほんとにユウは!こないだみたいな事になっても知らないさ!

でも、そういやベッドどうしよう?今までみたいに一緒に寝るわけにはいかないし・・・。
ユウは仕事で疲れてるだろうから、ベッド貸して。オレは?
この部屋にはソファもないし。予備の布団も無いし、床で寝たら間違いなくオレ凍死するさ!

「おい」
「ひゃぁっ!」
後ろから声をかけられて思わず間抜けな声がでる。
ドッドッと心臓が口から飛び出しそうだ。
ユウはそんなオレを見て、不機嫌そうに眉をしかめる。

「んだよ。てめぇ」
「やっ、急に声かけられたからビックリして・・・どしたんさ?」
「食器下げてきた」
「えっ!わざわざありがと。オレ洗っとくさ。ユウ座って待ってて」
色々と火照りそうなのを鎮める為に、ジャーと水道の蛇口を勢いよくひねる。
スポンジに洗剤をつけてモコモコと泡だてた。

・・・見られてる。ユウは部屋にはもどらないでオレの後ろにずっと立ってるみたいだ。
ジィとユウの熱視線を感じて、せっかく冷たい水で洗っているのに、頭は冷えずにドンドン体温が上昇していく気がする。
「ど、どしたんさ?」
チラッと顔だけ振り向くとムッとユウは機嫌が悪そうにオレを睨みつけた。
「なんでお前今日ヘンなんだよ?」
「ヘンってひどっ・・」

そりゃヘンにもなるさ!好きな人に気持ちがバレたんさよ?
そんで相手の気持ちもどうか分かんないし、不安にもなるって!
モヤモヤした気持ちはあるけど、上手く言葉には乗せられなくてグッと黙り込む。

「だって・・・」
「だってじゃねーよ。男がだってとか言うな」
ぎゅっと後ろから手を回される。
一瞬何が起こったのか理解できなかったけど、じわっと背中にユウの体温を感じて
抱き締められてるんだと認識する。

「へっ?な、なに?ど、どしたんさ・・?」
ユウは答える代わりにくんくんと匂いを嗅ぐようにオレの首筋に鼻をこすりつける。
暖かい吐息と形のいい鼻筋が当たって、ぞくぞくと甘い痺れが体を走る。

「あ、あの・・ユウ!ほんとにどしたん・・・・・イ、イタッ!!」
首筋に走った痛みにビックリして、思わず濡れた手で痛みの箇所を押さえる。
じ、実際にはそんな激痛ってわけじゃないんだけど。それより・・・!
今、ユウに噛まれた?リアルに歯が当たった感触と暖かいユウの咥内・・・

「ユ、ユウなんで?」
「お前がヘンな態度ばっかとるからムカついた」
「へ、ヘンな態度って・・・。そりゃこないだあんな事あったんだから!」
足の力が抜けて、ヘタリこみそうになるのをなんとかシンクにもたれかかって堪える。
なんで?なんで、噛むって・・・。えっ?えっ?どういう事だ?
今日は頭の処理速度が遅すぎる!
噛むって攻撃の一種だけど、甘噛みなら愛情表現?
って、愛情表現――――!?

「あっ、あ、あ、あ、あのっ!ユウさん」
「なんだよ」
「も、もしかしてオレの事好きですか?」
「はぁっ!?何言ってんだ・・・!」
ユウの眉が激しく釣り上がり眉間に皺が深く刻み込まれる。
ギロッと睨みつけられて、思わず後ずさった。

「で、ですよね!ゴメンナサイ・・・・」
「嫌いじゃねぇって、こないだ言ったろうがっ!」
「そ、それは聞いたけど・・・・。でも、好きではない・・・んだよね?」
「だからっ・・・嫌いじゃっ・・・」

そこまで言って、ユウは急に口ごもってぷいっと顔をそらした。
あれ?ユウの耳赤くなってる・・・?

「は、早く雑炊すんだから、持って来いよ!」とユウは怒鳴ってどすどすと部屋に行ってしまった。
えっと、えっともしかしてユウさん脈ありですか・・・?
だ、だってユウは気に入らない人間と無理に一緒にいるタイプじゃないし。
すごく自分に正直で、計算無しで自分の思ってる事はハッキリ言う。
裏表がなくて、その分会社では苦労してるんだろうけど、そういうとこが好きだし。

だから、ユウが嫌いじゃないっていうのは、ほんとにオレの事を嫌いじゃないんだと思う。
オレが告白しても、一緒にいてくれるくらいにはオレの事が好きってこと?
じわじわと考えを整理してると、頬がにやついてくる。
都合のいい考えかもしれないけど、もしかしたら・・・・?



「ユウッ!」
部屋のドアを開けるとユウが鍋の前に座ってビールの缶をベコベコと凹ましている。
チラッと上目遣いに見上げる顔は気のせいか赤くなってる。
「・・・横、座っていい?」
「お前っ!雑炊どうしたんだよっ」
「隣失礼しまーす!」

隣に座るとユウは具材のなくなった鍋を必要以上にぐるぐるかき混ぜている。
そんなユウの様子が可愛くて、何にもしゃべらずに見つめていると、焦ったように「お前取ってこないし、俺が取ってくる!」と言って立ちあがった。


「あっ待って!」
パシッと腕を掴むとユウは鍋の方を見たまま固まってしまっている。
「あのね、ユウ。オレ、ユウの事好きなままでいていい?」
「・・・・勝手にすればいいだろ!」
「キスとかもっとすごい事したいって思ってる好きなんだけどいい?」
「お前の事嫌いになったりしねぇし・・・。だからっ」

グィッ、たまらずにユウを引っ張って、上体のバランスを崩したユウを腕の中にスッポリとおさめた。
もし嫌だったらユウはぶん殴ってくると思ったんだけど、抵抗せずジッとしている。
コテンと、ユウは頭をオレに預けた。
「・・・・嫌なら一緒にいねぇ」
「うん。ユウありがと・・・」
「俺は、ずっとお前と一緒にいたい」




「へぇ、そんな事があったんだ」
「そうなんさー。結構、いい感じで・・・」
目の前のラビは幸せそうにへへへと笑っている。
今日は、ラビと神田が一緒に家に遊びに来ている。

ラビが神田に想いをよせてると聞いたのはずいぶん前の事だった。
傍からみたら、ラビの気持ちはバレバレなのに、当の本人の神田だけがなかなか気付かず、ラビの泣き言に何度付き合わされた事だろう。
何年間も上手く行きそうなのに、なかなかくっつかず正直イライラした事もあったけど。
2人が幸せそうなら、今までの事もまぁいいか・・・と思えてくる。


「リナ、こいつの食べ物ないのか?」
神田が胸にうちの飼い犬を抱えてこっちに来る。半年前に家に来た雑種の茶色い犬。

野良犬同士の争いに負けたのか片目は怪我をしていて、おまけにもう片方の目は垂れ目。
情けない顔が「誰かさんに似てる〜」と兄さんが拾ってきた。
誰にでもなつく子だけど、神田は特別みたいで来るたびに猛タックルをしている。
ラビもあれくらいのアピール力があればいいんだけど。
神田も嫌ではないらしく、今日もずっと玄関先で犬の相手をしてたみたい。

「もう〜、さっき餌やったばっかりなんだから、ダメよ!」
「そうか?でもコイツ腹減ってるみたいだぞ?」
「神田甘やかしすぎよぉ〜」

あら?ラビの顔が少し引きつってる。まさか犬にヤキモチとか?
確かにいつも不機嫌な神田がずっと抱っこしてるし、ペロペロと舐められても「やめろよ。犬くせぇな」と言うだけで、特に制止もしない。
でも、犬に対してだし・・・・

「あっ!ユウっ!」
ラビが真っ青な顔して叫ぶ。何事かと思えば神田がうちの犬の首の後ろをガジガジと甘噛みしているとこだった。
噛まれているというのに、うちの犬は大人しく尻尾を振っている。

「神田!そんなしょっちゅうお風呂入れてる訳じゃないから、汚いわよ?」
「別に平気だ。それよりコイツこんなに大人しくて大丈夫なのか?」
「神田もペット見かける度に、甘噛みする癖やめなさい!その内噛まれるわよ?」
「ふん」

もうーとラビの方を向き直ると、ラビが真っ青な顔のまま「甘噛み、甘噛み、ペットなら誰でも・・・・」とぶつぶつ呟いている。
な、何かあったのかしら?研究に関する事でも思い出したんだろうか?と思ってるとラビが急にガタンと立ち上がった。

「ユウー!オレ以外には甘噛みしないでさっ!」


という涙ながらのラビの絶叫が家中に響き渡った―――