コーヒーを注文し席に着くと、店の無料wifiに接続する。
すぐにヴー、ヴーと二回小さく振動し、メール受信を知らせる。
10数件の新着メールのうち、一件の差出人の宛先に思わずラビは片方の瞳を大きく見開いた。
「・・・・はい」
「あっ・・・!え、えっとオレだけど」
「・・・てめぇ。今何時だと思ってんだ!」
いきなりの怒声にハッとなる。
オープンテラスのカフェには太陽が高く昇っている。
すぐ前の大通りにはランチタイムのビジネスマンの姿がたくさん・・・・ここニューヨークでは。
つまり今、この電話の向こうで不機嫌そうな声を発している相手がいる日本は・・・・?
「よ、夜中の二時くらい・・・だっけ?」
「てめぇ、海外何回目だ?いやがらせか!?この野郎・・・!」
「ごっごめっ、メール来てたから・・・・」
電話に使ってるのとは別のスマホの画面に視線を落とす。
一通だけ開封済みのメール。
『お前の帰国日空港まで迎えにいくけど、荷物多いか?荷物多いんだったら、車で行くけど』
差出人はずっと片思い中の神田ユウ。
高校の時の同級生で男同士。告白なんてできるハズもなく、でも一緒にいたくてずっと友達でいた
。
今はオレは大学院に進んだけど、ユウは社会人になって。
それでも、オレがユウの家の近くにアパートを借りてるからしょっちゅう会ってた。
一カ月間、研究でアメリカに出張しないといけなくて、帰ったらすぐにユウに会いたい!って思ってた。
まさかユウから迎えに来るって言ってもらえるとは思ってもみなくて、気づいたら時差の事なんて頭から抜け落ちて電話してた。
「まぁーいいや。で、車いるのかよ?荷物どんくらいあんだ?」
「えっと、スーツケース一個とリュックと、あと本・・・」
「チッ」
電話越しにユウの舌うちが聞こえる。
オレの部屋の本の量からして、オレが本を買うって言ったら1冊や2冊じゃないって想像がつくんだろう。
本道楽でつい研究に関する本以外も買い漁ってしまう。
現在オレの部屋は本で足の踏み場もない。
ユウの部屋に行くときも本を抱えて行って、そのまま置いてきたりしてる。
「ご、ごめっ。宅配便で送りたくなくって・・・」
「別に俺も楽だし、コムイに車借りて行く」
一カ月ぶりのユウの声は何にも変わんなくて、つい世間話しそうになる。
最近仕事どう?とかなんか変わった事なかった?とか・・・
でも、いつもみたいに電話をすぐ切りそうな気配のユウに急いで言葉を滑り込ませる。
「お、おみやげ!何がいい?」
「あー?いらねぇよ。アメリカのくそ甘いチョコなんて買ってくんなよ?」
「食べ物以外にするって。こっちって美味しいものないし」
「だから、別に何もいらねぇって。あ・・・でも、車のお礼にコムイにコーヒーとリナリーになんかでいいんじゃねぇ?」
「わかった!適当に買ってくるさ」
簡単な入国審査を受けて、ジリジリしながらターンテーブルに自分のスーツケースが流れてくるのを待つ。
急いでる時に限ってなかなか出てこない。多分大き目のスーツケースだからコンテナの下の方に詰め込まれたんだろう。
やっと出てきたスーツケースを引きずりながら空港のロビーに走り出た。
すぐに、搭乗便の電光掲示板を睨みつけるように見ている黒髪を見つけて口角が上がる。
「ユウッ!」
「・・・すげー荷物だな」
「向こうで本いっぱい買っちゃって・・・」
「貸せよ」
椅子から立ち上がってスーツケースを転がそうとしたユウがウッと顔をしかめる。
多分、想像以上の重さだと思う。ジロッと睨みつけられ苦笑いする。
「・・・着替え捨ててスーツケースに本詰めちゃった」
「チッ・・・」
「オ、オレ持っていくさ!」
「いらねぇ。どうやってお前それ以上荷物持つんだ」
あきれたような視線を送られ肩をすくめる。
リュックも着替えを捨てて本を詰めた。両手には、コムイとリナリー達へのお土産の紙袋。
アメリカの空港に入る時も、ものすごく大変だったんさ。
コムイはユウの運転技術を信用してるのか、クラウンを貸してくれていた。
「すげー」というと、「傷つけたらラビが弁償するって言ったら貸してくれた」とユウがニヤッと笑う。
クラウンの修理費用なんて貧乏学生が払えるはずないさ!
車を発進させるとなめらかに滑りだし、おお〜と内心感嘆の声を上げる。
車で仕事場をまわる事もあるって言ってたし、ちょっと知らない一面を見た感じだ。
こういう時に少しずつ開いてくるユウとの距離を感じて少しだけ胸がツキンと痛くなる。
「お前、今日何食べたい?」
「え、えとっ・・・!ごはん!おにぎり!おみそしる!あと・・・お刺身!からあげ!にくじゃがとか・・・!あ・・!ラーメンも!」
向こうでの生活中、日本でのご飯が恋しくなってなんども唾を飲み込んだ。
日本食ブーム、ラーメンブームと言ったって日本の味とはほど遠くて・・・
しかも、研究スケジュールがタイトにつまってるもんだから、中々のんびりと外食というわけにもいかない。
味気のないパンとパサパサのチーズを口の中に突っ込むだけの食事が何度続いただろう。
「どんだけ食うんだよ・・・。てか、お前もすっかり日本人だな。お前の部屋入って、ご飯とみそ汁は作ってる。
あと刺身とかはどっかで買ってくか」
「うん!」
荷物を部屋に運び終わった後、ユウが「コムイに車返してくるから」と一旦出て行った。
久しぶりの部屋は、バタバタと出て行った割にはきれいになってて、珍しくフローリングの床が見えている。
多分ユウが片付けてくれたんだろうな・・・きっと、すぐ散らかしちゃってユウに怒られると思うんだけど。
「ごちそーさまでしたぁ!」
ご飯を満足いくまで胃にかきこみ、ビールでグィッと流し込む。
体がふわふわして気持ちいい。そのまま隣でまだビールを飲んでいるユウにもたれかかる。
ギュウッと抱きつけばユウのいい匂いにクラクラしそうだ。
「お前、酔った時の抱きつき癖まだ治んねぇのかよ」
「ユウにだけだもーん」
ユウの肩に顔をうずめてグリグリとこすりつける。
酔ったふりしてユウに抱きつくのも一カ月ぶり。
大人になってからは、酔っ払ったという便利な言い訳ができた。
一緒の教室で授業受けたり、登下校したりはできなくなったけど。
ユウも最初は振り払ったりしてたけど、最近はあきらめたのかオレのなすがままにさしてる。
もう寝るー!と抱きついたままユウをベッドに引きずりこむ。
まだビールをチビチビ飲んでいたユウもしょうがねぇなという風にベッドに一緒に行ってくれた。
ベッドに入ると飛行機の疲れとユウの体温があったかくて、すぐに眠気が襲ってくる。
酔ったら甘えたふり、いつまで許してもらえるんだろう。
渡米中もユウに彼女ができてる様子もなくて、安心した。
できたらずっとユウに彼女なんてできずに、こうして一緒にいたい。
オレがそんな事思ってるなんて知りもしないユウは、早速寝息を立て始めた。
寝付き良すぎだし・・・。
「人の気も知らないで・・・・」
ツンとユウの頬をつつくと小さく身じろぎしただけで、規則正しい寝息を立てる。
頬を触った指を唇のそばまで滑らし、柔らかい唇に少しだけ触れる。
それでも起きる様子のないユウに我慢できなくなって、そっとキスする。
パチッ
大きく目を見開いたユウと目が合う。
「っ!うわっ・・・!ユ、ユウ・・・!ご、ごめっ・・・」
びっくりしすぎて、つい謝ってしまった。
しまった!また酔ったフリしたら切り抜けられたかもしれないのに!
でも、もう遅い・・・。素面でユウにキスしたってバレた。
おそるおそるユウの表情を盗み見ると目を見開いたままオレの顔を凝視している。ベッドの上に正座してギュッと目をつぶる。
ぜ、絶対怒ってるさ・・・絶交される。
ユウは男も女も惹きつける。
たまに男に言い寄られる事もあるって言ってた。
その度にユウは大激怒してたし・・・、きっと男からのキスなんてものすごく嫌悪してると思う。
「ご、ごめん。ユウ。二度としないから絶交しないでさ・・・・」
ユウの顔を見るのが怖くって俯いたままお願いする。
「・・・・お前なんでこんな事した?」
「・・・・・」
「何でした?」
淡々と聞いてくるユウの口調が怖くて、まったく顔があげられない。
言い訳をしようと思ったら考えつくんだけど、ユウの前でこれ以上卑怯なまねをしたくなくて、ゆっくり息を吐いた。
「・・・ユウが好きだから。ずっと前から」
ユウがどんな反応示すのか、すごいドキドキしてユウの言葉を待つ。
まるで最後の審判が下るのを待っているかのようだ。
少しの沈黙の後、ユウが大きなため息をついた。
「お前、抱きつく時も、酔ってないだろ?」
「っ!い、いつから気付いてっっ!」
「やっぱな・・・」
かまかけられたさー!ユウのくせに!
ずっとおかしいって思ってたんだろうか?
これからはドンドン距離を開けられて、もう会ってもらえなくなる?
そう思うとジワッと涙が滲んでくる。
これが高校生なら嫌でもクラスで顔を合わせるけど、社会人と大学院生なら会える共通点もない。
「・・・どう考えても、お前の事嫌いじゃねえし」
「ほんと?許してくれるんさ?」
パッと顔を上げるとユウが困ったような顔で笑う。
「んー。なんかお前見てると無性に甘やかしたくなるし・・・」
ユウが布団の中入れよと掛け布団を少しまくってくれる。
またユウの隣に潜り込んだら、ポンポンとあやすように頭をなでられた。
水滴が滲んだ左目をすっと拭ってくれる。
「なに泣いてんだよ。バーカ」
「でね!?どうしたらいいかなぁ?リナリー」
「・・・知らないわ。告白でもしてみれば?」
ラビがお土産に持ってきてくれたコーヒーを飲みながらバレないようにため息をつく。
甘いチョコをお土産に持ってきてくれたけど、それ以上に甘ったるい話・・・。
なのに、本人ときたらものすごく真剣らしく眉をしかめて考え込んでいる。
「でもね!昨日のほとんど告白だったさ!ていうか、告白した・・・よね?甘やかしたいってどういう心境なのかなぁ?好きなんかなぁ?」
・・・好きっていうかペットに対する気持ちと同じじゃないかしら?
この前ペットショップの前を通る時、神田がラビを見る目と同じ目をしていた事は黙っておこう。
最近、神田のラビに対する態度が、ペットを可愛がるのと同じように感じられてきたくらいだ。
でも、間違っても嫌ってる様子はないしラビさえキチンとした態度をとれば上手く行くと思うんだけど。
「好き・・・なんかなぁ?うー・・・ユウ早くオレに告白してくれないかなっ!」
ズルッ
思わずカップを取りおとしそうになって焦る。
自分から告白するんじゃなくて、神田から告白してもらおうって思ってるのね。
どんだけヘタレなのよ・・・。リナリーはこっそり2回目のため息をついた