「ラビ、風邪ひいたんだってね。」
食堂で幼馴染のリナリー・リーの言葉に、思わずポロリと掴んでいた蕎麦を取りおとした。
そのまま気づかずに箸を口元まで運びカチンと空の箸が歯に当たる。
「そうか・・・。」
ぼおーっとした返事をリナリーに返す。
確かに、昼ごはんになっても呼びにこないと思ってた。いつも教団に居る時は、食堂に一緒に行こうと誘ってくるのに。
任務だとは聞いてなかったし、大方ブックマンの仕事が忙しいか、本に夢中になってるいのかと思ってた。
だから、遅めの昼食を一人で取りに来たのだが・・・・。
リナリーの話では、部屋で寝込んでいて医療班の奴らが出入りしているらしい。
俺の風邪が全快したのが、一昨日。時期的に考えて、間違いなく俺の風邪がうつったんだろう。
ったく、あんな事しやがるからだっ!無意識に唇に手を触れて、顔が少し熱くなった。

ブックマンとラビの部屋の前で立ち止まる。
・・・・こないだ世話になったし、風邪うつしたのは俺だし。責任とんのは、普通だよな。
なぜか、少し緊張してノックをする。

「はーい。」
ラビかブックマンが応対するだろうと思ってたのに、中からは女性の声の応答がある。
部屋間違えたのか?とドアを凝視していると、中からドアが開いた。
「あら?神田さん。どうかされたのですか?」
中から出てきたのは、白いナース服の女性。帽子のワッペンを見て、医療班の女性だとわかった。
部屋のなかには、他にも数人の医療班の女性がウロウロしている。俺の時は、こんな何人もつきっきりじゃなかったぞ?

アイツよっぽど具合悪いのか?胸の内に不安が広がる。風邪のひきどころが悪くて・・・て言う言葉あったか?
「ラビいるか?」
「あー・・。ラビさんですね。今体調を崩されてて・・・。」
その女性はちょっと顔を曇らせたが、ドアの前から退く気配がない。あまり俺を部屋の中に入らせたくない感じだ。
もしかして、伝染する病気なのか?大丈夫なのかよ。アイツ。

「あっ!ユウ〜。来てくれたんさ?」
奥の二段ベッドから、ヘラヘラとしたラビの声が聞こえる。
なんだ・・・。ちょっと鼻詰まったような声だけど、そんな命にかかわるような重症とは思えない。
「ラビさん。起き上がらないで、寝ててください。」
奥の方で、他の医療班の女性の声が聞こえる。
中に入って顔色見てやろうと思ったが、部屋に入ろうとするとドアの前に立っていたナースに押しとどめられた。
「ラビさん。ただの風邪ですから。私達医療班が診ているので大丈夫です。」
「いや、でも・・・・」
「大事なエクソシスト様に風邪がうつったら、大変ですから。私達に任せてください。」
ニッコリとほほ笑まれてドアを閉められる。閉じられたドアを見つめてしばらくボケッとしてしまった。
そりゃ、プロの看病の方が早く治るけどよ・・・。
こないだ世話になったし、多分風邪うつしたのは俺だし・・・。ちょっとはなんか・・・・。
俺も風邪の時ラビを頼らないで医務室に行けばよかったのかな。ラビはちゃんとそうしてるのに。
心がザワザワしてくるのに気づいて、急いで頭を振った。
ダメだ。こんな時は、六幻振って座禅するのに限る。色々と考えてしまいそうな思考を放棄した。


「ユウー。」
鍛錬室に行く途中で、後ろからラビの声が聞こえて振りかえった。
見ると、ラビがパジャマ姿のまま廊下を走っている。なんだ。あんな走れるんだったら、元気なんじゃねぇか。

「ラビ。お前風邪は?」
「さっきは、お見舞い来てくれてありがとさー。」
「別に、見舞いなわけじゃっ・・。医療班の奴らがちゃんと居たじゃねぇか。」
「あー・・・、あれね。ただの風邪なのに5人態勢で構われて、全然寝れないんさ。」
「・・・その割には鼻の下のびてただろ。」
さっき追い出された事を思い出し、再び心の中がザワつき始め、見てもいない事を呟く。
でも、多分ラビなら女に囲まれて悪い気はしないだろうし、ヘラヘラ笑ってたに決まってる。
「のびてないさっ!そんなに女の人に不自由してないし。」
ゴホッゴホッとラビが咳きこんだ。
忘れかけてたが、コイツ風邪をひいて寝込んでたんだった。多分まだ本調子ではないのだろう。
自分が風邪の時はコイツに親切にしてもらったのに、憎まれ口を叩いてる自分にハッとする。

「俺の部屋で寝とくか?」
「いいの?・・・・でも、風邪うつるかもだし・・・。」
ラビは一瞬パッと顔を輝かせたけど、すぐに遠慮してモジモジし始める。
こっちの罪悪感を振り切る為に言ったのに、ラビの煮え切らない態度にイライラする。

「来ねえのか?」
「行く!行きます!!・・・・ユウ、ありがと。」
「べっ、別に!俺の風邪がうつったんだろうし。・・・・ちょっとは悪いと思ってんだよ。」
「へ?」
「で、でもっ!大半は、お前がヘンな事したせいで、うつったんだからなっ!」
顔がまた熱くなって、思わず叫ぶ。
自分の時に親切にしてもらった礼をしようと思ってるのに、なぜかうまく行かない。
ガラにもねぇ事考えるのは、やめよう。そう思ってズンズン足早に自分の部屋へと急いだ。
だから、「かわいーさ。」というラビの呟きは耳に届かなかった。


「37度9分・・・。微熱じゃねぇか。」
「薬効いてきたんさ・・・・!」
オレが置きっぱなしにしてた救急箱の体温計で熱を測る。
この体温計を取る時、ユウの服の中に手を入れたんだよな・・・とか思い出してたから、熱が上がるかと思ってたけど医療の力はすごくて、きっちり熱は下がっていた。

「氷嚢もらってくるな。」
「行かなくていいさっ!」
立ちあがったユウの服の裾をつかむ。ユウの怪訝そうな顔を見て、あわてて言い訳する。
「もう、熱もだいぶ下がったし。居場所がバレるとまたやっかいだから・・・。」
ユウは納得してくれたのか、ストンとベッドの脇の椅子に腰かけた。
ほんとは、最初から風邪ひいたーってユウに甘えたかった。
でも、変に責任感の強いユウの事だから、風邪うつしてしまったって自分のせいだって思うだろうって心配だった。
そしたら、次からはきっと風邪になっても看病させてもらえない。
だからこっそり医務室で薬飲んで、治してしまおうって計画を立てた。
けど、思いのほかナース達に大げさにされてしまって、部屋で手厚く看護されてしまった。
風邪っていう噂はあっという間に広がったみたい。
ユウが来てくれた時、嬉しかったのに追い返されて・・・・。
怒ってたらどうしよう・・・て心配になって、トイレに行くふりをして部屋を抜け出した。
ユウが鍛錬室に行く前に捕まえる事ができてよかったさ。
布団からはユウの匂いがする。石鹸の香りとは別のなんとも言えない甘い匂い。
胸いっぱいに吸い込んでいるといつの間にか寝てしまっていた。


次に目を開けた時は、少し残ってた頭痛も治っていて壮快な目覚めだった。

「寒くないか?」
声をかけられてビックリした。
てっきりユウは、鍛錬室に行ってしまってると思ってたのに。
ずっと隣でついてくれてたんだ。嬉しくて顔がニヤけそうで、布団で口元を隠した。
「大丈夫さ。」
「水飲むか?」
「んー。今は、大丈夫。」

気遣ってくれるユウが嬉しくて、ニコニコする。
でも、ユウはむ―――と眉間に皺を寄せて、唇を噛みしめた。
ユウが機嫌が悪い時の顔だ。オレなんか気に障ること言ったんさ?

「ユウ、どうしたん・・・・
「俺は色々してもらったのに。」
「え?」
「お前に色々してもらったのに、なんでお前は俺に連絡しないんだよ!」
「え、えっと・・・・。」
これって、オレがユウに風邪の事を教えなかった事を怒ってんの?
ユウはオレの事看病したかったとか・・・・?
いやいやいや、そんな都合のいい事あるわけないし。
それじゃぁ、まるでユウがオレの事好きみたいじゃん。
まさか・・・・。心臓がドキドキしてユウの顔を見る。ユウは俯いたままで表情が見えない。

「仕返ししてやるっ!」
キッとユウが顔を上げて、近づいて来る。
殴られんの?って思ったら、そのまま唇が近づいてきた。
まさか、キスされる――――?
「ダッ、ダメさ!」
ユウを押しとどめて、背を向けて布団にもぐり込んだ。
ありえないくらい心臓がドクンドクンなって今にも爆発しそうだ。
「か、風邪うつっちゃうから!ダメさ!」
「・・・・なんでだよ!俺の時はしただろ!うつすと早く治るんだろ!?」
「ユウに風邪うつったら、絶対ダメなんさ!」

ユウに負けないくらい大声で怒鳴る。
顔が燃えるように熱い。もう医療の力なんて無視して熱あがっちゃってるかも・・・・。

ユウのばか!男にキスするなんて!絶対それだけじゃすまないさ。何考えてるんさ!
しかも、オレベッドの上なのに・・・!今キスされたら、ユウの事ベッドの中に引きずりこんじゃうさ。
せっかく、せっかく今まで色々我慢してたのに。
それとも・・・。もしかして、それ込みでキスしようとしたんだろうか・・・・?
いやいやいや!まさか・・・・!ユウがそんな事思うハズないし!



「ダッ、ダメさ!」
拒まれて背を向けられて、その上布団の中にまで潜り込まれてしまった。
布団の塊になったラビを思いっきり睨みつける。
せっかく借りを返そうと思っているのに、何もかも人の親切断りやがって・・・。
ラビはキスが好きなのかと思ってた。風邪の時、キスされて仕返ししてやるって宣言したから、実行しようとしたら思いきり拒まれた。

――――女には不自由してない
さっきの言葉が頭を回る。
ああいう事する相手には不自由してないってことかよ・・・・
で、俺からのは拒むのかよ。自分からは、勝手にしたくせにっ!

思い出すと、ムカムカ腹が立って、布団の塊をドンと蹴っ飛ばす。

「痛いさー!」
ラビがたまらず布団から出てきて抗議する。その顔を見て、ラビが病人だった事を思い出す。
「お前!顔真っ赤だぞ!熱上がったんじゃねぇのか?」
額に手を当てると確かに熱い気がする。
ちゃんとナース達のいる部屋に帰すべきだった。プロの方が看病うまいし、ラビも多分ナース達の看病の方がいいって思ってるに違いない。
親切心のつもりで部屋貸したけど、迷惑だったか。
医務室に連絡しようとゴーレムを呼び出そうとしたら、ガシッと額に当てた手を掴まれる。
「さっきの・・・風邪治ったらやってくる?」
「それどころじゃねぇだろ。医務室に連絡しねぇと。」
「これは熱のせいじゃないさ!それより、さっきの!風邪治ったらやってさ。」
手をギュウと掴まれて、ラビの体温の熱さになぜだか鼓動が速くなる。
真っ赤な顔でこちらを見つめられ、伝染したみたいに頬が熱くなった。
「な、なに言ってんだ!そんなのさっきのナースにやってもらえばいいだろ!」
「や、やだ!ユウがいいんさ!」
「ふざけんな!さっきのは仕返しだって言ってんだろっ!人が風邪の時はあんな事しやがって。今やってやる!」
「今したら、色々大変な事になるんさ!?」
ラビが潤んだ目で見てきて、握っている手にギュウギュウと力が入った。
ラビの熱い頬っぺたに手をあてられたかと思うと、口元へと移動させられる。
手の平に熱い唇を押しつけられ「絶対チュウだけで終われるわけないんさ・・・。」とブツブツ言っている。
もしかして、コイツ困ってんのか?
熱も上がってそうだし、ラビをつまらない意地で困らせるのも気の毒になった。

「わかったよ。やんねぇから、安心しろよ。」
「えっ、やだ。治ったらやってさ!」
「はぁ?お前どっちなんだよ。」
「治ったら、やってほしいです・・・・。」
ガバッと起き上がってラビが真剣な顔をする。
起き上がってまで言う事かよ・・・。若干あきれつつも、ラビに嫌われてはいない事が分かってどこか安心する自分がいる。
「わかったよ。治ったらやってやる。」



「わかったよ。治ったらやってやる。」
ユウが仕方なさそうに答えた。やったさ!オレの粘り勝ちさー。ガッツポーズをしそうな腕を必死で抑える。
キスする前には、ちゃんと「つきあってください。」って言おう。両想いだけど、キチンと言わないと。
今からドキドキするさ!
「約束ね!」
「キスは、挨拶なんだろ?あれぐらい俺にだってできる!」
「・・・・えっ!?ユウもしかして。」
今ユウなんて言った?「バカにしやがって!」そう呟いて、怒ったようにそっぽ向くユウをマジマジと見る。
時々、ガマンができなくなってオレがユウにキスしてるの挨拶だと思ってるんさ?
キスしたら怒るけどさせてくれてたんは、そういう理由?
口にキスって挨拶ではしないさ・・・・。ユウがオレの事好きかもっ!てとんでもなく勘違いだって事か・・・・
ユウさんどれだけ外堀埋めたら攻略できるんすか。
ガックリしてうなだれていると、「病人なんだから、大人しく寝とけ」と布団をかけられる。
こういう優しいトコあるから、期待しちゃうんだけど・・・。
泣きそうになったけど、しばらくは体を包み込むユウの匂いに甘えてしまおう。

治ったらユウにキスしてもらおう――――
その時思い切って告白してしまおうか?