見慣れた天井がいつもより暗く見える。

次に感じたのは喉の痛みと頭の痛み。体が金縛りにあったように、重くて動かない。

状況を把握しようにも、頭が重くて考える事を放棄させる。荒い息を整えるために唾を咽下すると、喉がひりつく様な痛みにむせて、激しく咳きこんだ。

一瞬「死ぬのか?」という思いが頭をよぎる。粉塵の舞う戦場でもなくて、教団の温かいベッドの上で?自分の考えた事がおかしくて、苦笑いする。



パタパタと言う軽い羽音がして、目線をやると、ゴーレムが俺の事を覗きこむようにして飛び回っている。まるで自分を心配しているかのようだ。目線が会うと嬉しそうに、俺の上を旋回する。
昨日、アイツの電源止めてやるの忘れたんだっけ?ボンヤリと昨日の自分の行動を思いかえそうとすると、ジジ・・・・ジジ・・・とゴーレムが勝手に、通信を始めた。

「はーい!誰さー?」

ゴーレムから呑気なオレンジのウサギの声。そういやコイツ、ラビのゴーレムと仲良かったっけか・・・。何で突然ラビに繋いだんだ・・・?

「おーい!誰もいないんさー?」

通話を切りそうなラビの気配がして、急いで声を振り絞った。

「ラビ・・・・・。水・・・・もってきてくれ」



バタバタバタバタ・・・・ドンッ!バタァン!
「・・・・るせぇ」
「ユウッ!?どうしたんさ??」
通話が切れて、ものの1,2分で血相を変えたラビが部屋に飛び込んできた。
まどろみかけた意識に、ガチャガチャという騒音が耳につく。重い頭に響く音。
目を開けたら、ラビがでっかい救急箱と水差しを腕に抱えていた。
ガチャガチャうるせぇとか、そんなでっかい救急箱なんの為に持ってきたんだとか色々言いたい事はあるのに、体がだるくて言葉を発する事すら億劫だ。

「だ、だって。ユウめっちゃ辛そうな声だったし、ケガとかしたんじゃないかと思って。風邪さ?」
泣きそうな緑の隻眼が俺を覗きこんでくる。
風邪・・・。風邪か。ただの風邪だったんなら、寝てれば治るか。
「・・・・みず・・・・」
「ああっ、うん。」
なんとかベッドから上体を起こすとラビがコップに注いだ水を差しだした。
受け取ると、指先にヒンヤリとしたガラスが心地よい。
冷たい水は、痛む喉には気持ちいいが、胃に到達すると拒むようにギュッと胃がせり上がって来て、吐きそうになり顔をしかめる。
「大丈夫さ?」
一口しか飲めなかったコップをラビに返すと「もう飲めない?」と心配そうに聞かれる。
頷く元気もなくて、再びベッドに潜りこんだ。



「ユウ、熱測ったさ?」
「・・・・測ってねぇ」
くぐもった声でユウが答える。
ユウの顔赤いし、絶対熱あるさ・・・!
水銀式の体温計を救急箱から取り出すと、大きく2、3度振ってユウに渡す。
ユウはだるそうに受け取ると体温計を腋の下に挟み込んだ。

ゴーレムからユウの掠れた声が聞こえた時、心臓が大きく脈打って、その後早鐘のようになりだした。
もしかして、大怪我したんじゃないかとかアクマの襲撃でもあったんじゃないかとか、嫌な予感が胸に広がり、冷や汗がでた。
すぐに食堂に駆け込んでジェリーちゃんに水差しと、でっかい救急箱を借りて、ユウの部屋に駆け込んだ。
女の子の部屋なのに、ノックも無しに・・・とか考える暇はなかった。

ユウがうとうととまどろみ出したので、少し安心する。
さっきの苦しそうなユウの顔は見たくなくて・・・。

・・・・10分以上経ってるよな?

時計を見て、ため息をつく。せっかく寝ているユウを起こしたくない。
けど、体温を測りたい・・・・・。でも、ユウは寝ているわけで。しんどそうなユウを起こすのは、しのびないわけで。
つまり、オレが体温計を取らないといけないわけで・・・!や、や、や、やましい気持ちはないからね。
ちょっと、ちょっとだけ服の下に手を入れるけど、た、ただ体温計取るだけだし!!ごめんさ・・・!

心の中で謝って、ゆっくりとユウの方へ手を伸ばす。視界が、首筋から綺麗な鎖骨に流れて、ゴクリと思わず唾を飲みこむ。
ユウのパジャマの襟ぐりから右手を滑り込ませる。肌に触らないようにしよう!と思ってるのに、指先はすべすべした肌を感じてしまって。
このままほんのちょっと、ほんのちょっと手を下げれば胸が触れる・・・頭がグラグラ沸騰しそうなまんま、細い体温計を探し当てて抜きとった。
ほんの10秒、もしくは数秒なのに、自分の最低な欲望に負けそうな自分に嫌気がさす。
心臓がバクバクなってて、深呼吸しようと息を大きく吸い込んだ。

けど、いつの間にかユウが目をあけてこっちを見ていて・・・・
「ユ、ユ、ユウッ!!た、たいおんけぇっ・・あの!その・・・!」
「何度だ?」
力なく問うユウの声に我に返って、体温計に目をやる。ん?と思って、体温計を何度も確認する。
「さ、39.6℃って・・・ええええーーー!」


「ひどい風邪と腸炎を併発しているわね。」
聴診器を耳から外し、もはや顔見知りとなった医療班の女性医師は渋い顔をした。 ユウと少し似たキュッと目じりの上がった目線がオレを睨む。
「食事は、とれてるの?」「水は飲めてるの?」矢継ぎ早の質問にオレがたじたじとなっていると呆れたようにため息をつかれる。
その様子についに口からは「ごめんなさい」という言葉が漏れる。
医療班の中の女性は婦長を代表に気が強い。なので、睨まれると条件反射のように謝罪の言葉が口をついてきてしまう。
苦手だけど、ユウを男性の医師に診察させたくなくて、つい医療班を呼ぶ時に「女医さんでお願いするさ!」と叫んでしまった。
オレがそうやってあわあわしてる間にも先生は、「点滴を用意しろ」とテキパキと働いてくれた。


ポタッポタッ水滴の音で意識がふんわりと浮上する。
点滴をしていないハズの右手がじんわりと暖かくて、右へ視線をやるとオレンジの頭に緑の瞳がニコッと揺れた。
布団の下で握られた右手はいつもなら振り払うのに、今日はすごく心地よくて、気づかないフリをした。「大丈夫さ?」小さな声の問いかけにうなづくと嬉しそうにラビが笑う。
見上げると、点滴液はほぼなくなっている。ぼんやりした意識だったが、点滴が全部終わるまで、2時間ほどかかると言ってなかったか?もしかして、ずっといたのか?
・・・・ヒマなやつ。

それからも、うとうとしたり点滴を外されたり、だいぶ時間がたったのに、ずっとラビはベッドのそばに座ってる。
時折、心配そうに顔を覗きこまれたり、頭を軽く撫でられたり。

わかってた・・・。多分コイツは俺を看病してくれるって。
「助けてくれ」って言わなくても、「水もってきてくれ」って言ったら、心配して来てくれるだろうって。
バカみたいに優しいやつだから、気づかないフリして甘えた。
ああっ・・・くそっ!最悪だ!
人に甘えるなんて。
冷静に考えるとカァァァと顔が赤くなって頭まで布団に潜り込んだ。

「ユッ!ユウ?大丈夫さ?」
ビックリしたようなラビの声が上から、振ってくる。
ああ!だから、そんな心配なんてすんなっ!ただの風邪なのに。
繋いだ右手がものすごく恥ずかしくなって、振りほどく。
今まで熱を持っていた手はシーツの冷たさにビックリして、ぶるっと身震いが起きた。
どしたんさー!頭を布団の上から撫でられる。
やめろよっ!て言いたいのに、喉が痛くて声が出ない。
全部、全部お前のせいだ・・・!
俺がお前に甘えたりするようになったのも!前は間違ったって、誰かに甘えたりなんかしなかったのに!

「風邪うつるから、でてけよ。」
やっと絞り出したガラガラの声は、可愛げのない言葉を吐いた。
「ユウ、窒息しちゃうさー!」
布団をがばっとめくられ、緑の隻眼が覗く。
一瞬で緑の瞳から逃げたけど、目が合ったら余計に頬は熱をもった。
「ユウがちょっとでも、元気になってよかったさー。」
「・・・・・」
「点滴効いたんさね。ちょっとは、楽になったさ?」
「・・・・・・世話んなった。・・・ありがとう・・・・」
「っ!!ユ、ユウ〜〜!ユウが素直にお礼言うなんて、やっぱり熱がっ・・・・」
「チッ、もう二度と言わねぇっ!」

六幻が手元になくて、叩き斬る事が出来ねぇ。
代わりにギロッと睨みつける。「ごめんさー!」とヘラヘラしたいつもの笑顔でラビが答える。
ああっ!くそっ!風邪なんて、もう二度とひかねぇ!
布団を目元近くまで引っ張り上げて、目だけだして、ラビを睨みつける。
「ユウー。そんな布団かぶったら、息苦しいさ!」
またラビに布団を口元まで引き剥がされた。
ラビを見るのが恥ずかしくて、目を閉じて寝たふりをする。
寝てたら、そのうちブックマンの呼び出しとかで部屋を出て行くだろう。


――――チュッ

唇にやわらかい感触がして、パッと反射的に目を剥く。
「なっなにすんっ!」
「あれ?寝てたんじゃなかったんさ?」
緑の瞳がいたずらっぽそうに、目を細める。
「お、お前・・・・!」
「熱測りたかったんさ。唇が一番体温が敏感にわかるんさ。」
「バッ、馬鹿野郎・・・っ。風邪うつっても知らねぇからな!」
「うつしていいさー。風邪はうつしたら早く治るんさ。ユウが早く元気になるといいさ。」
コツンと額をあわされて、睫毛があたりそうなくらい顔が近づく。
頭が真っ白になって、固まってしまったのが、悪かった。

唇をまた撫でられたと思ったら、ラビの唇で再び塞がれた。
なんどもついばむように、唇を吸われ、舌が口の中に侵入してくる。
いつもは熱いラビの舌が、今日は冷たくて体がビクッっと反応する。
ザラザラとした舌が歯列をなぞり、上顎を舐める。舌を絡められると自分との温度の違いにビリビリと顔が熱くなる。
ビクビクッと身体が反応して、なんとも言えない感覚が体をかけめぐり、腰が浮きそうになる。
止めろっ!頭の中が沸騰しそうだ。
スッとラビが解放してくれて、息が楽になる。
目にはいつの間にかじんわりと涙が滲んでしまっていた。

「お前っなにすんっ・・・」
「やっぱり熱まだ高いさー。これでオレに移るかな?」
「/////知るかっ!もう出ていけっ!」

枕を投げつけて、ラビに背を向ける。
信じらんねぇっ!寝込んでるやつに何しやがんだっ!
まだ胸がドキドキするのは熱のせいだと必死に自分に言い聞かせる。

「ゴメンて。ユウ。ちょっと色々押さえ効かなくて・・・・。」
「・・・・。」
「ほんとに、反省してます。ゴメンナサイ。」

ラビが枕を戻してくれたが、絶対ラビの方なんか振り向けねぇ。
こんな赤い顔見られたら、絶対またからかうに決まってる!
くそっ!
「風邪治ったら、覚えとけっ!」
「うん。殴っても六幻で斬っても、何してもいいから、早く風邪治ってさ。」
「っ〜〜〜////」

また余計熱が上がりそうな恥ずかしい事を平気で言う。
絶対、絶対、二度と風邪などひくものかっ!

「お前が風邪ひいたら、覚えとけっ!」
くやしまぎれに叫ぶだけで精一杯だった。
その言葉がまたラビを喜ばせるだけだとも知らずに――――