「神田のバカァッ!ボール1個しかないんですよぉ」
バカモヤシの叫び声が耳にキンキン響いている。
箒を片手に目前の屋敷をにらみつけた。
赤レンガに伸び放題の蔦。窓ガラスの中はすべてカーテンが引いてあり中は全く見えない。
モヤシがこの付近の子供たちは、この古びた洋館を「おばけやしき」と呼んでいて、大人たちにも絶対に近づいては行けないと言われていると言っていた。
重々しそうな門にも蔦が絡まっており、長い間開かれてない事がうかがえる。
さっきまで晴れていた空も重苦しい厚い雲が広がり、カァカァというカラスの鳴き声がやけに不気味に聞こえる。
ゴクリと唾を飲み込み、そっと門に手をかけると、意外にも簡単にギギギギ・・・・と門が開き始める。
「神田っ!バカッ!なにやってんですかっ!」
後ろから追いかけてきたモヤシが叫ぶ。
怖いなら待っていればいいのに。
俺より2つ下で生意気なくそガキ。俺は、毎年夏休みの間だけ両親の仕事の都合で、親戚のティエドールの家に預けられる。
ティエドールの家は田舎で、子どもも少ないから近所に住んでいるモヤシとは仕方なく遊ぶようになった。
さっきも、俺が掃除してたら、モヤシのやつがボールなんて持ってきやがるから、箒をバット代わりにして応戦した。
結果、ホームラン。
んで、そのホームランボールは、見事に「おばけやしき」といわれる家の方に吸い込まれて行った。ガシャンッというガラスの割れる音と一緒に。
思わず、モヤシと顔を見合わせたが、モヤシの顔はみるみるうちに歪んでいき、
「神田のバカァッ!ボール1個しかないんですよぉ」と泣きだした。
バカと行ったモヤシには、一発ゲンコツをくれてやり、もっと激しく泣き出したモヤシを置き去りにして、「おばけやしき」へとやってきた。
「帰りましょうよぅ!神田ー!」
バカだ。「おばけ」なんているわけないのに。
ただの空家を怖がったりなんかして。
「ボール取ってくる。」
「もう、いいですよー。ボールなんて・・・・ししょうは・・・たぶん・・・、新しいの買ってくれないでしょうけど。」
言葉の後半を口にするとモヤシはショボンとうなだれる。
自分で言って、自分で落ち込むなんてモヤシの方がバカだ。
「ただの空家だろ?俺一人で行ってくるから、お前待っとけよ。」
「ほんとに出るんですってば!見た人何人もいるんですよっ?」
俺が門の中に足を踏み入れると、「ほんとに着いていきませんよっ!」と怒ったようなモヤシの声が飛んでくる。
何重にも重ねられた分厚い枯れ葉を踏みしめながら、一歩一歩と足を進めた。
枯れ葉ってこんなにフカフカするんだって頭の片隅で考える。
ドンドンドン・・・・
映画とかアニメだったら、古い洋館ってだいたいカギが空いててそのまま入れるのに、この洋館はカギがかかってた。押しても引いても、ドンドン叩いても中からは、まったく反応ナシ。
手入れのされてない庭に回ってみると、あちこちに割れた窓ガラス。
俺のホームランボールが割った窓の他にも、いっぱい窓が割れてるじゃねぇか。
これじゃぁ、どこにボールが転がっていったのか、わかりゃしない。
一番近くの割れた窓ガラスを覗きこむ。
暗幕みたいな分厚いカーテンのせいで薄汚れたガラスに自分の顔しか映らなかった。
錆ついていそうな窓ガラスを力を込めて、引きあける。
ギギギー・・・
嫌な音を立てて、やっと一人分くらい通れる隙間を開けた。
「わぁっ!神田!ほんとにやめましょうよー!」
背後からうるさいモヤシの声が聞こえる。
ったく、待っとけって言ってんのに。
振り返るとおびえるように屋敷を見上げるモヤシと視線がぶつかる。
「うるせぇな。ボールないと困るんだろ?」
「・・・・・こ、困りますけど。でっ、でも!おばけ・・・・っていうか!霊がほんとにでるって。」
う・・・。「霊」ってモヤシが言った途端、突然怖くなってきた。
「おばけ」と一緒のことなのに・・・・。
「おばけ」はいないと思うけど、「霊」はいそうな気がする。
汚い窓ガラスには、俺のたじろいだ表情が写っていた。
「だ、大丈夫だって言ってんだろ!」
モヤシにビビってるのがバレるわけにはいかないから大声を張り上げて、勢いよく洋館の中に入ってきてしまった。
もう1回「やめよう」って言われたらやめたのに、モヤシのやつはあれ以上言ってこなかった。チクショウ・・・・・
ヒタヒタ・・・・
冷たい廊下に響く自分の足音が気味が悪い。
「バチがあたっても、知らないですからっ」
俺の後ろでモヤシがブツブツと文句を言っている。
一人で行くのは怖すぎたからモヤシが居てよかったけど・・・。
さっきから怖いのかずっとこの調子で文句を言っている。
薄っすらホコリの積もってる廊下はずいぶん長く続いていた。
屋敷の中は、思ったより荒れてはいなくて、薄っすらホコリが積もっている程度。
でも、やたら本や古い新聞が多い。
廊下にまであふれていて、ここは昔図書館だったのか?
ボールを探す為に、一つ一つ部屋を見てまわってるんだが、どの部屋も本であふれている。
これじゃぁ、ボールが本の下にもぐりこんでしまっていたら、見つかりようがない。
ゆっくり部屋の中を見るのが怖くて、サッと一瞬だけしか、部屋の中を覗けない。
モヤシも俺も一瞬しか見てねぇのに。「ないな・・・。」「ないですね。」と言ってしまうし。
早くボールが見つかればいいのに。
ギィィィ・・・
さっきから、割れた窓ガラスから入る風の音にビクッとなる。
モヤシは、そのたびに「ひぃぁぁぁぁ!」とか「うわっ!」と声をあげるからその分まで余計にビックリしてしまう。
心臓がドキドキ、ドキドキしていて、体育の時間に50メートル走を全力疾走した後みたいだ。
全然走ってもいないのに・・・・。
コトンッ・・・・
バサバサバサッ・・・・
頭上で大きな物音がする。
ハッと握っていた箒を強く握りしめる。
霊・・・・・?いや、泥棒かもしんねぇし。
泥棒だったら、剣道習ってるから俺の方が絶対強いし!
泥棒であってくれますように。祈りながら古い階段を上る。
モヤシも俺の後をついて、階段を上る。もう「やめよう」とは言ってこない。
ギシギシッという音と、自分の心臓のドクドクという音だけが耳につく。
夏だから、こめかみに汗が滲むのに、握りしめた手先は、なぜか冷たくなってきた。
2階も1階と同じようなホテルみたいな造りだった。
長い廊下にいくつもの部屋が並んでいる。
その一つのドアが半開きでキィキィ音を立てている。
風だろうか・・・・?
ガラスが割れて風が吹き込んでいるのかもしれない。
俺のホームランボールが割った窓かも!
俺とモヤシは顔を見合わせて、お互い目で頷きあった。
息を殺して、ドアの側に立つ。
小声で「せーのっ」と声をかけあって、勢いよくドアを開け放った。
「うわっ!誰?」
「わぁーーーー!」
「うわーーーーっ!」
人の声が聞こえてきて、俺とモヤシは大絶叫をあげる。
無意識のうちに大声が出ていた。
モヤシが俺の肩をギュゥッとつかんで、痛さで我にかえる。
部屋の中にうず高く積まれた本の陰から、俺たちと同じくらいの歳のやつが、ビックリした顔で、こっちを見ている。
バクバクする心臓を落ち着かして、ソイツを見てみる。最初は、逆光でよく見えなかったが、オレンジの髪で片目に眼帯をしている。
もう片一方の左目は、緑の光をたたえていた。
子供の霊だっ!
「だ、誰なんさ・・・・?」
怯えたような声で、ソイツはしゃべった。
「しゃ、しゃ、しゃべった・・・・!」
俺の後ろで泡くってるモヤシの代わりに俺は口を開く。
「お前こそ誰なんだよっ!?」
「え・・?ここは、オレん家さ。」
「家・・・・?」
「う、うん。ジジィと住んでるんさ・・・・。」
住んでるって?嘘だろ。こんなボロ屋敷に。
モヤシが小声で、「どうしましょう・・・。人が住んでたら怒られるかも!ガラス割っちゃったし、勝手に入ってきたし。」
まずいな・・・。大人と住んでるんだったら、怒られるかも。
オレンジの髪のやつが、おそるおそる目の前まで歩いてくる。あ・・・・、足がある。
なんだ・・・、俺と同じくらいの背丈じゃないか。
こんな奴にあれだけビビらせられていたなんて・・・!
「お前んち、おっばけやーしきっ!!」
「!!」
「カンダァーーーー!!」
オレンジ頭が顔を真っ赤にさせたのを尻目に走って逃げた。
いや、逃げたわけじゃない。帰っただけだ。
後ろから、「神田のバカ!本人目の前に言うなんて!」ひたすらバカバカ言いながらモヤシも後を追ってくる。
ガシャーンッ
あ・・・、また窓ガラス割れたのかも。
本に没頭していたのに、少し現実にもどされる。
ホコリまみれの部屋に本だらけのオレの部屋。
分厚いカーテンのせいで、昼間か夜かわからないくらいだ。
半年前に、ジジィと二人で、この町に引っ越してきた。
見るからにお化けでもでそうな洋館に最初は恐れおののいたけど、暮らし始めると案外平気だった。
洋館の中には、昔の持ち主が集めたのか古い文献がどっさり。
さらに、オレ達が持ち込んだ文献もプラスされたから、家の中は足の踏み場もないくらいに、本や資料であふれてしまった。
最初は掃除をがんばってたけど、ダメ。
オレもジジィも掃除の才能ない。
片付けようとした側から、まだ読んでない文献を発見してはその場で読みふけって、半日経ってしまったり。
読んだら、その資料に興味なくなるから、その辺に放置してそれっきり。
来た時よりもずいぶんと散らかってしまった。
洋館の窓には、全部に分厚い遮光カーテンがひかれていた。
昔の持ち主が、あらゆるとこに置いてある本が日に焼けるのを嫌った為だろう。
子供が近くで遊んでいるのか、ときどきボールが飛んできて窓ガラスが割れたりするから、カーテンのおかげで、ガラスが飛び散らないのがありがたかった。
でも、外の明るさが分からないから、昼か夜かもわからなくて、ずっとずっと本を読んでてしまって、ぶっ倒れた事も何回もあるんだけど。
だから、窓ガラスが割れるのもそんなに珍しい事じゃなかったし。気にせずに本の続きを読んでいた。
でもさすがにドアがバンッと開いたのには、ビックリした。
本から顔をあげて、ドアの方を見るとヒョコっと黒と白の小さな頭が顔をのぞかせた。
「うわっ!誰?」
そう声をかけると、2人仲良く大絶叫の声が返ってきた。
その声にビクビクッとなる。
ジジィ以外の人を見たのは、久しぶりなのに、こんな大絶叫されて・・・。
二人ともオレと同じくらいの歳の子。多分・・・・。
白い髪の子はちょっと年下かも。
黒髪の子の後ろに隠れちゃった。兄弟なのかな・・・・?
あんま似てないけど・・・・。
黒髪の子が白い髪の子はかばうようにして前に出る。
オレの方をまっすぐ睨みつけたから、カチンと視線がかちあった。
「お前こそ誰なんだよっ!?」
「え・・?ここは、オレん家さ。」
「家・・・・?」
「う、うん。ジジィと住んでるんさ・・・・。」
ドクン・・・・
ドクン・・・・。
なんでかわかんないけど、やたらと心臓の音がうるさくなる。
黒髪の子は黒い瞳で、気の強そうな顔でキッとオレを睨んでくる。
睨まれてるのに、全然腹は立たなくて、むしろ頬が熱くなってきた。
な、なんだろ・・・?コレ。相手は男の子なのに。
女の子を好きになるみたいなこんな気持ち。
と、友達になりたい・・・・・!
「お前んち、おっばけやーしきっ!!」
「!!」
「カンダァーーーー!!」
次の瞬間発せられた言葉に頭が真っ白になる。
同時に、顔がカァーッと熱くなって・・・。ぶわぁっと血が足元から逆流するみたい。感情が足元から這い上がってきたみたいだ。
わー!わー!
そうだ!この家、外見もすごいし、家の中もめっちゃ散らかってるの見られたんだ!
恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!
「もう!ジジィー!読んだ本はちゃんと片付けてさー!」
「ふん。小僧だって片付けとらんではないか。」
「オレは、これから片付けるって決めたんさ!」
「なんじゃ・・・。急に。」
「・・・・別に。とにかく綺麗な方がいいんさ!」
ジロリとジジィに睨まれたけど知らんぷりして掃除をつづける。
昼間ここに急に現れた2人組に「お化け屋敷」って言われた。
カッと顔が熱くなったけど、何もいいわけする暇もなく、黒髪の子と白い髪の子は、バタバタと走りさってしまった。
ひどいさ!ひどいさ!
いきなり人の家入ってきて、「お化け屋敷」とか!
ちゃんと住んでるのに・・・!
まぁ、来たばっかりの時はオレもそう思ったけど・・・・
でも、すごい失礼なんさっ!
キレイにしたら・・・・。この家キレイにしたら、また来てくれるだろうか・・・・。
リンゴーン・・・・
ものすごく古い鐘の音がして、ギョッとして、ジジィを見つめる。
ジジィも少し驚いた顔をして、立ち上がる。
今のってもしかして、チャイムの音だろうか?
この家の玄関のチャイムってまだ生きてたんだ・・・・・。
ジジィの後ろをトコトコと着いて行ってみる。
「すみません。夜分に。」
ドアの向こうには、モジャモジャの毛の男が立っている。
黒いコートに黒縁のメガネをかけていた。
「何か、御用ですか。」
「実は、昼間にうちで預かってる子が、ボールでこちらのお宅の窓ガラスを割ってしまったそうで、お詫びに・・・。」
「あっ・・・・!」
モジャモジャ男の後ろから、仏頂面の黒髪の男の子がヒョコっと顔をのぞかせた。
途端にオレの心臓が昼間見たいに、ドクンドクンと大きな音を立て始める
「そうですか。それは、わざわざ。」
「大変申し訳ございませんでした。お怪我などありませんでしたでしょうか?」
「いや、古い家ですので、既に何枚も窓ガラスは割れておりますし、この小僧にも窓際には近づかないように言っておりますので。」
モジャモジャの男に押し出されるようにして、黒髪の子がオレの目の前に来る。「ほら、ユーくん。」促されて、黒髪の子は「・・・・ごめんなさい。」とペコリと頭を下げた。
「いいよ。」とか、「大丈夫だよ」って言いたいのに、胸がつまって言葉がでなくって、ふるふると首をふるのが精一杯だった。
ユーくんて言うんだ。ユーくん!
モジャモジャ男がジジィが「いらない。」と言ってるのに、修理代を払うって話をしてる。
ユーくんは、仏頂面のまんま手に持っている箱を差し出しだ。
「これ・・・・。」
「?」
「ティエドールが、お前に渡せって。」
「えっあっ・・・・」
もらってもいいものか、もじもじジジィの顔を伺っていると、「ん!」とドンと箱を突き出された。「わわっ!」反射的に、パッと受け取ってしまう。
箱には、フランス語でケーキ屋さんのお店の名前が書かれている。
お菓子をもらえたのが、嬉しくてぱぁと頬がほころぶ。
「あ、えっと・・・・あ、ありがとぅ。」
ドキドキしながら、御礼を言うとユーくんは、照れたようにそっぽ向きながら「ティエドールからだし・・・」と言いわけする。
その様子がかわいくて、かわいくて胸の鼓動がトットットッとドンドン早くなる。
「い、一緒にコレ食べない?」
さっきから、仏頂面だったのは、もしかして、お菓子を食べたかったのかな?と思って聞いてみる。
すると、ぶんぶんと首を横に振られてショボン、とした。
一緒にいられるチャンスだと思ったのに・・・・・
「・・・・ボール。」
「えっ?」
「ボールさがしたい!」
ユーくんが意を決したように言う。
そっか・・・。昼間家の中まで入って来てたのは、窓ガラスを割ったボールを探しにきてたんだ。
ジジィとティエドールはまだ話していたから、ジジィに「ボール探してくる。」と声をかけてユーくんと二人家の中に入ってきた。
「ユーくんのボールってどんなの?」
「っ!ユーくんって呼ぶな!!」
「ご、ごめんさ・・・・」
突然すごい剣幕でどなられて、ビクッとなる。
でも、ユーくんは、すぐに「悪い・・・」って誤ってくれた。
「じゃ、じゃぁなんて呼んだらいい?オレはラビ。Jr.って呼ぶ人もいるけど。」
「オレは、神田ユウ・・・・。神田って呼べよ。」
「えっ・・・。下の名前で呼んだらだめ?」
「下の名前で呼ばれんの嫌いなんだよ。」
ユーくんにそう言われてショボンと下を向いてしまう。
下の名前で呼んだ方が、仲良くなれる気がするのに。
オレがショボンとトボトボ歩いていると、後ろから「しょーがねぇな。ユウって呼んでいいぞ。」ぶっきらぼうなそんな声が聞こえてきた。
嬉しくって振り返ると、「その代わり絶対ボール見つけろよなっ!」ユーくん、いや、ユウは怒ったように言った。
「おいっ!何サボってんだよっ!」
目の前から文字がなくなって、ユウの怒った顔が表れる。
オレから取り上げた本を片手に、もう片方には箒をもったユウがプンプン怒っている。
「お前が掃除するって言い始めたんだろ!」
慌てて立ち上がるとホコリまみれの床に、ポッカリとオレが座っていたところだけが、ホコリがなくなっている。
あの日、結局ボールは見つからなかった。オレも1階を見て回るのは、ほとんど初めてで。
オレとジジィが住居に使ってるのは2階で、1階は割れてるガラスも多いしあんまり近寄らないようにって言われてたから。
しかも、夜だから、めっちゃ怖かった。
風が入ってくるのか、ギィィィって音がしたり、コトンと音がする度にすっごくビックリして。
でも、オレ以上にユウの方が怖がっているみたいだった。
ビクッて体が揺れたり、オレが先に行こうとすると慌てて走ってついてきたり。
その様子がかわいくて、ちょっとだけニヤニヤしてた。
ずっとユウと一緒にいたかったけど、ジジィとティエドールの呼ぶ声がして、ユウは帰ることになった。
帰り際に約束したんだ。「この家片付けて、ボール探すから」って。
次の日から、ユウは手伝いに来てくれた。昨日も持ってた箒持参で。
たまに、白い髪の子・・・モヤシって呼んだら、怒られた。アレンも手伝いに来てくれる。
2人とか、3人がかりで掃除しててもなかなか片付かない。
よくオレが途中で本を読みふけったりしてるから・・・。その度に、ユウに怒られるんだけど。
そのおかげで、少しずつ片付いていって、3日目にボールは見つかった。
ほんとは、見つかってほしくなかったんだけど。だって、ユウがもう来てくれなくなるから・・・。
でも、ユウは次の日もその次の日も手伝いに来てくれた。
オレがすぐに本読んでサボッちゃうからユウがすぐに怒ってしまう。
この屋敷が「おばけやしき」じゃなくなってもユウまだ来てくれるかな?
「もう!お前がサボってばっかいるから、まだキレイにならないだろっ!」
「ごめんさー!もう途中で本読まないから・・・。」
「俺、明後日に帰るのに、これじゃキレイになんないまんまじゃないか!」
「えっ・・・?」
思わず耳を疑って、パチクリとユウを見返す。
ユウはすごく真面目な顔だ。冗談を言ってるようには、見えない。
「帰るって・・・?」
「だから、前も言っただろ!俺は夏休みの間だけティエドールのとこに来るんだって。」
「えっ!聞いてない・・・!帰るって遠いとこ?またすぐ来れる?」
「遠い・・・と思う。電車で2時間くらい。夏休み以外は連れてきてくれねぇもん。」
「えぇっ!やだ!」
心臓がいつもとは、違う意味でバクバクして泣きそうになる。
明後日って、2日後?それから、しばらく会えないんさ?
そんなん嫌さ!
「ユウ、ティエドールさんのとこにはずっと居れないんさ?」
「そんなん・・・。無理だろ!小学校始まるし。てか、お前学校どうしたんだよ?」
「オレは、アメリカで資格取ってるから、学校行かなくてもいいんさ。ユウもアメリカで資格とろ!んで、ずっとココにいよ?」
「はぁ?無理だろ。アメリカなんて行けるわけないし。英語もわかんねぇし。オレ資格取るとか、無理だぞ?わり算苦手なんだ。」
ユウが顔をしかめて、言う。わり算・・・・わり算かー。
夏休みの宿題やってるとこ見たことあるけど、ユウ勉強苦手そうだもんなー。
横から教えてあげたら喜んでくれたけど。
「毎年来てるから、多分来年の夏も来るって。」
「ら、来年なんてっ!・・・やだっ」
ジワッと目頭が熱くなる。
ユウの前で泣きたくなくて、唇をかみしめるのに、ついにポロッと涙が落ちてしまった。
1粒落ちてからは、止まんなくて。
歪んだ視界で、いつも勝気なユウがオロオロしてるのがわかる。
「な、泣くなよ・・・。冬休みも頼んだら連れて来てもらえるかもしんねぇし。」
「ふ、ぅく、っく、冬休みなんて、遠い・・・・!」
しゃっくりみたいな嗚咽が出てきて、涙を手で拭うけど、止まってくれない。
今まで、毎日会ってたのに、来年とか4カ月後まで会えないなんて悲しすぎる。
「もう!お前泣くなよっ!男だろ!」
「ひぃっく・・・っく、だって!!」
「お前だって会いに来いよっ!」
ユウの怒ったような声にポカンとする。
オレが会いに・・・行く?
「お前、学校行ってないんだったら、いつでも俺ん家来れるだろ?お前みたいに頭いいんだったら、一人で電車だって乗れるだろ!?」
「ユウの家行っていいの?」
コクンとユウがうなづいてくれた。
そっか・・・。ユウが会いに来れないなら、オレが会いに行けばいいんだ。
ユウにまた会えるんだと思ったら、涙がピタッと止まった。
でも、鼻がまだズルズル行ってたら、ユウにクチュッと鼻をつままれた。
「俺も土日とかに、来れるように頼んでみるけど、お前もちゃんと俺の家来るんだぞ!?」
「ふぃ、ふぃとりで、でんしゃのったことない・・・。」
鼻をつままれてるから、鼻が詰まって変な声しか出ない。
そんな様子をユウはおかしそうに笑ってくれた。
残暑のキツイある日駅には、家から駅までの地図を握り締めた少年。こめかみから、顎を伝った汗がポタリとアスファルトに染み込む。
相変わらず不安だと睨みつけるような目線が改札を通る人を凝視している。
その少年の瞳がフッと緩んだ。その先には―――