約束なんて、した事なかった――――
したくなかった・・・・・・
破りたくなかったから
「アレッ??ユウじゃーん!!」
ビクッと土で汚れた手を止めて、恐る恐る振り返る。
・・・・・やっぱり。今、見たくなかった顔がそこにある。
目立つ赤い髪で、眼帯をした碧眼の片目は笑っている。
俺のことをユウという人間は、本部じゃ一人しかいない。――――今は。
俺の真意とは別に赤い髪の持ち主ラビはズンズンと近づいてくる。
奴から、見えない角度で土で汚れた手をパンパンと払うが、時既に遅し。
「ユウー、何してんの?ガーデニング??」
既に奴から、俺の肩越しに植えられた植物と随分と年期の入ったジョウロなどは見つかっていて。
何となく、教団の森の中で良さそうな土を見つけて、何の気無しに、リナリーが持て余していた花の種を撒いてみて・・・・・。
鍛錬に行く途中に通る道だから、毎日様子を見て、土が乾いていそうだったら、水をやる。
そんな事がいつの間にか習慣化してて、気がつくと、自分の趣味になり、だんだんと植物の数は増えていった。
主に、種が出来たり、苗をリナリーからもらったりで、結構無頓着に育てているのだが、環境がいいのかどの植物も順調に育っている。
名前も知らずに育てているので、たまに野菜ができるとビックリしたりする。
こないだ、カボチャができたのでちょっと嬉しかった。ジェリーに頼んで天ぷらにしてもらって・・・。
・・・・って、回想してる場合じゃねぇ。
目をランランと輝かせて興味深げに見ているウサギをなんとかしねぇと。
「すごいさー!!ユウ!これ全部育てたの??」
「・・・・別に。」
「えっ?ユウが育てたんじゃないんさ?」
ラビは片手に持ってた新聞を無造作に地面に置き、自分もしゃがみこむ。
そのまま俺を見上げて、「さっき水やってたじゃん。」とにーっと笑う。
「たまたまだ。」
「たまたま趣味がガーデンングってこと??」
「違う!!たまたま水やってたら、育っただけだ。」
「何それー!」
意地の張るとこ意味分かんないさっとラビが笑いながら言う。
植物栽培が趣味なんて女々しくて、他の奴らに知られたくなかったのだが・・・・。
「ユウが植物を植えてるなんて意外さ!!」
「うるせぇっ!ペラペラ喋んじゃねぇぞ。」
「んふー♪オレとユウだけの秘密ってやつ??」
「ふざけんなっ!!」
バコッと奴を一発殴って、さっきしてた作業の続きに戻る。
こんな奴は無視するに限る。きっとその内飽きて、どっかへ行くだろう。
そう、思ってたのに一向にココから動く気配がない。
それどころか、「ねぇー、この花なんていうの?」だの「オレも水やっていいさ?」だと座り込んで一向に動く気配がない。
無視を続けていると、勝手に大量に水をやりでしたので、頭を思いっきり殴ってやった。
水をやりすぎて、くさったらどうするんだ!!
それから、奴に会わないように気を配っているのに、計ったように奴に出くわした。
ブックマンの書物を読みながら、俺が植物を世話しているのを見ている。
最初は追い払っていたが、あまりにも動じないので、最近は諦めモードだ。
久しぶりの長期任務が入り、簡単に荷物をまとめて、地下水路へと向かう。
カツカツと、地下へ続く階段を降りるとヒンヤリとした空気に変わる。
この冷えた空気が任務への緊張感を際立たせる。
スウッと気持ちが落ち着いて来た所へ、ドタドタと後ろから足音が聞こえる。
振り返ると息を切らせながら、走ってくるラビだった。
赤い髪が汗で肌にまとわりついている。
たしか、今回の任務はラビと一緒ではなかったハズだが・・・・。
「ユウ!!長期任務っていつまで??」
「・・・・・はぁ?」
「だから!!いつ帰ってくるかって聞いてるんさ!!」
息を切らせて慌てているせいか、ちょっと怒ったようにラビが聞いてくる。
「いつ帰ってくるか分からねぇから、長期任務なんだろ。」
何を言ってるんだ、とクルリと背を向けて船着場へと足を進めるとラビの大声が追いかけてくる。
その声は静かな地下水路によく響き渡った。
「来月のっ!!ユウの誕生日までには絶対帰って来てさ!!」
『約束さっ!!』あの言葉につけたしたアイツの言葉が頭に響く。
そんな一方的な身勝手な約束があるか!
だいたい俺の誕生日なんて、なんでアイツが知ってるんだ!!
こっちが返事してないのに、何勝手に言ってやがるんだ!
だいたい誕生日なんて、教団で過ごしたくねぇんだよ!!
クソックソックソッと思いながら、執務室の扉をバァンッと開けた。
現在、6月6日午後10時すぎ―――――
あんな約束認めてねぇのに、何の因果か自分の誕生日に教団に帰ってきてしまった。
別に、この日に合わそうと思った訳ではない。
でも、たまたま任務が終わって帰ってきたら、この日になってしまっていて。
わざわざ時間稼ぎに無駄に下の街に一泊するのもアイツに振り回されてるようでシャクで。
でも、帰ってきてみるとやっぱり今日帰ってくるのは、もっとシャクだった。
バァンと報告書をコムイの机に叩きつけると、コムイや科学班がヒェェッと声を上げる。
コムイに「報告書だ。」と短く言って、クルリと背を向ける。
「おっ、お帰り。神田くん。なんかラビが神田くんの部屋で待ってるから、大至急で来てっていってたよ。」
というコムイの言葉は背中で聞いた。
とりあえず報告書を出してしまったら、自分の部屋に行くしかすることがない。
着替えるのも、風呂に入るのも一旦、部屋に戻らなければいけない。
執務室から部屋までは10分足らず。
どんなにゆっくり歩いても、6月6日中には部屋についてしまう。
部屋につけば、ラビがいる・・・・らしくどうしても顔を合わせてしまう。
自動的に約束を守った形になって。
約束を認めた形になって・・・・・。
部屋の前まで来て、思いっきりドアを睨み付ける。
中にいる赤毛までこの眼光が届くように祈りながら・・・・。
憮然として、ドアを開ける。
中は予想に反して、真っ暗で・・・・。
パァンッ
一瞬戸惑って立ち止まった自分に破裂音とかすかに火薬の匂いとなにかフワァッとしたものが襲い掛かった。
身構えて、六幻に手をかけたと同時に部屋の明かりがついた。
まぶしさで一瞬眉をひそめる自分に、クラッカーを手にし、ニコニコと笑う赤毛のウサギの姿が目に入った。
「ユウー!!誕生日おめでとう!!」
「・・・・・・。」
あっけに取られて返す言葉がない。
まさか、誕生日にクラッカーなどこんなベタな事をされるとは思ってもいなくて。
「でも、ちょっと遅すぎさ!!あと一時間半くらいしか、誕生日残ってないさ!!」
俺に引っかかってるクラッカーから飛び出た紙テープを回収しながら、ラビが口を尖らせる。
ようやく落ち着いて、部屋を見渡すと、どこから運んできたのか大きなテーブルにケーキやシャンパン、クリスマスみたいなチキン、あと蕎麦まである。
蕎麦は長時間置かれているせいか表面がカラカラに乾いているが・・・・。
「・・・・・・何やってるんだ。」
「ユウと誕生日祝いしようと思って。」
「別に、誕生日なんて祝うつもりはない。」
憮然と言い放って土ぼこりのついた団服を脱ぐ。
着ていたシャツを脱いで着替えていると後ろから、ポンッとシャンパンの栓をぬく音が聞こえる。
「でも、いいんさー。オレがすっごい嬉しいから付き合ってさ。」
「・・・・はぁ?」
どういう意味だ?という顔をしてると二つのグラスにシャンパンを注いでいたラビがニコッと笑う。
まーまー、座ってさ。という奴の誘いに素直に腰を下ろしてしまったのは、任務明けで疲れていたから。
「オレは、今ユウに会えてるのが、すっごい嬉しいんさ!」
「・・・・・・。」
「だから、遡ってみるとユウが生まれた誕生日ってオレにとって超めでたいんさ!」
だから、お祝いー!といってグラスをカチンと鳴らされる。
ラビに渡されたグラスのシャンパンは任務明けの乾いた喉を癒してくれた。
「あっ!そうそう忘れんうちにプレンゼントさー。」
はいっ、と言って渡されたのは、花瓶に活けられた花だった。
テーブルの真ん中に置かれた花を見て、ゴツンとラビを殴る。
「おいっ!てめぇ、これ俺が育ててた花だろうが!!なに勝手に摘んできてやがる!!」
「いたっ!!違うんさー!これは、花の数を少なくした方が、他の花が長生きできるから!!」
だから、ちゃんと刺し花にできるように、切ってきたんさ!!とラビは憤慨している。
ちゃんと切り方も図鑑で調べたんさー、と笑ってる。
コイツの口ぶりから、ある事が想像できて苦笑いする。
「おい・・・・、まさか俺が任務中、あの畑・・・・。」
「うん?ちゃんと枯らさないように水をやってたさー!!あと肥料とかもバッチシさ!!」
ビシッと敬礼して得意そうにラビは言う。
ラビも食事がまだだったのか、目の前の皿の大ぶりのチキンにかぶりつく。
「ユウもあひた、見てくるといいひゃー!超ちゃんと育てたさー。」
口をもぐもぐとさせたまま言ってくる。
まったく・・・・、ハァッとため息をつく。
そんなに執着してなかったのだが・・・。むしろ、執着はしたくなかった。
「別に・・・。んな事頼んでねぇ。」
ボソッと言ったつもりだったのに、ラビは笑ってた顔が急に真顔になって、チキンを置く。
いきなり訪れた部屋の静寂が居心地を悪くさせる。
ピンッ
とデコピンされた。油まみれの指で・・・・。
「ちゃんと、素直にありがとうって言うさ。枯れちゃったら悲しいだろ?」
「・・・・。」
俺がだまっていると、ラビがフーッとため息をついて、俺の顔を覗き込む。
顔を反らそうにもその瞳がいつなになく真剣で、できなかった。
「・・・・ユウは笑っていいんさ・・・・。」
言われた言葉に思わずドキンとして唾を飲み込む。
遠い記憶が頭の中で主張し始める。
「オレだって、ブックマンJr.として、世界を回ってきていろいろあったさ。
誰かを騙してきたり、・・・・犠牲にした事もあったさ。口に出来ないようなこともしてきた。」
「・・・・・・・。」
「でも、それはオレが前に進む為にした事で、自分で決めた事さ。
・・・・後悔してないって言ったら、嘘になるけど、もし過去に戻ったとしても、同じ事をするさ。」
俺が黙って俯いているとラビが花瓶をいじりはじめた。
花弁をツッと愛おしそうになでて、しゃべり続ける。
「この花だって、オレが間引くことによって、他の花は元気に生きてるんさ。
言ったら、この花を犠牲にする事で生きていけるんさ。」
ソコまで言ったところでガシガシとラビは頭を掻く。
「あーもー、何言ってるかわからんくなったさ!!」
頭を抱えたままの状態で俺を見あげる。
ちょっと上目づかいの片目は、涙目になっていて、なぜだか少し笑いそうになってしまった。
「だから、えーっと。つまり言いたいのは、オレは笑うし、人を好きになったりもする。
その・・・・、残った花がきれいに咲くのも、オレらが人生を謳歌?楽しむのも餞別の一つになるっていうか――――。」
「つまり、なんだ?俺にも、お前みたいに笑えって言うのか??」
ラビは頭を掻きむしりすぎて、ついに机に突っ伏してしまう。
キレイ事だな、とトドメを刺すと、ウ〜っ呻く。
空になったグラスに自分でシャンパンを注いでいるとラビが突っ伏したまま呻いている。
「違うんさ・・・。ユウに笑えって無理強いするつもりなんかなくて・・・。」
そのままウンウン言ってるラビはほっといたら、いきなり顔をゆっくりとあげる。
いつもセットしている髪はグシャグシャだ。
「つまり・・・・、えっとなんていうか・・・・。ユウの事が好きなんです!!幸せにしたいんさ!!」
いきなりの大声の突拍子もない告白は、俺を唖然とさせるには十分で・・・・。
やっと喉からでた「何言ってんだ・・・。」という言葉は掠れてしまっていて。
「うんと・・・。もともと告白したかって機会考えてたんだけど・・・・。
誕生日にいい雰囲気でって狙ってたんだけど、意味分かんなくなって・・・・」
「むちゃくちゃな論理だな・・・・。」
「でも、でも!!今のままだったら、告白できなかったし!ココで言うしか!!」
「お前、こんな俺も言い負かされて、ブックマンちゃんと勤まってんのかよ。」
なぜか頬が熱くなるのを隠すためにわざとバカにしたように言うと、
ラビは「ちゃんと務まってるさ!!オレは優秀なんさ!!」とテーブルに身を乗り出したが、左手がもろにケーキに命中して。
キレイなデコレーションにラビの手が見事に沈んでいく。
「あ・・。」と絶句したラビを見てついに笑ってしまった。
真剣なのに、ユウひどいさー!!というラビもだんだん笑ってきて・・・。
久しぶりに笑うと相変わらず、息苦しい世界は少しだけ息が楽になった。
最初の独白は、ユウでもあるし、ラビでもあると思います。
読んでいただきありがとうございます。