「えっ!!あっ!違っ!!うわっ!!」

腰にしいた感覚がイスとは違う暖かい感覚で、ピタッっと一瞬思考が止まった。
が、すぐに何か言い訳しねぇと!言い訳しねぇと!とぐるぐると頭を総動員して働かしたが、出てきた言葉は、言い訳すらなってない叫び声。

周りの熱気に当てられたのか、ラビの膝に腰掛けてしまった。
とりあえず、今の状況をもう少しマシにする方法は、ただ一つ。
ラビの膝から一刻も早く立ち上がることだ。
コンマゼロ秒くらいでこの考えに達し、立ち上がったはずなのに、クイッと腰を引き寄せられ、ストンともう一度ラビの膝に座らされてしまった。

「ふふっ。どうぞ〜。座っていいっていったじゃん。」

首をほんの少し後ろにむければ、いたずらっぽそうに、でも嬉しそうに笑うラビの顔。
9年前と同じように、その優しい緑の瞳にまた目を奪われてしまった。

「っ!!間違えたって、言ってんだろ!離せよ。」

「えーっ!!間違えたって今、初めて聞いたさ!懐かしいさ!昔よくこうやってたさー。」

「・・・・・っ!!すげぇ、ちっせぇ時の話だろ!!」

「あ!覚えててくれたんさ??」

「んなのっ!当たり前だっ!!」








「神田!また告白されたんだって?」

こんな事を当人に悪びれもなく当人であるオレに聞いてくる奴といったら一人しかいない。
後ろを振り返るまでもなくわかる。振り向いたらやっぱり、近所に住んでいるリナリーだった。

以前はずいぶんと長い黒髪でツインテールを結っていたのだが、なんの心境の変化かバッサリとベリーショートに変えてしまった。
今は、前よりずいぶんと伸びてボブくらいには、なっているが。
髪を切ったその日、机の前に仁王立ちして、俺があまりの変化にポカンとしていると。「ビックリしたでしょ?」と何故か勝ち誇ったように言い放った。

リナリーは、俺と同じ高校で中学も小学校も途中から同じだ。
腐れ縁とはいえ、気さくに話しかけてくるのは、研究バカの肉親を持った仲間意識からだろうか?

「ねぇねぇ、今回は?どんな女の子?・・・・・それとも男の子?」

後半の単語は周りに気づかれないように小声で訪ねる。
というのも、以前にこの共学高校で何故か男子に告られた俺をたまたま目撃されてしまったからだ。

「お前、それ他の奴に言うなよ。」

「大丈夫だよ!絶対言わないし。」

その辺の事は、リナリーの事は十分に信頼している。
思い出すほど腹正しいのは、告白してきた男の言いぐさ。

「だって、君そんなにモテるのに、彼女も作らないしさ。髪も伸ばしてるし、てっきり男子受け狙ってるのかと思ってたのに・・・・。」

何度思い出しても、ムカつく内容だが去り際に言った奴の一言。

「まだ、目覚めてないだけじゃない?高校入って目覚める奴多いしさ。大学のゲイサークルにも友達いるし。よかったら、一回来てみなよ。
出会い系でバージンなくなっちゃうんだったら、絶対おれにしといた方がいいって。」
その場でソイツを殴らなかった事を自分でも誉めてやりたい。


むかつく。何がバージンだ!つーか、彼女作らないだけで、なんでそうなる!!
だいたい髪の毛を切らないのは・・・・・・。


「ユウの髪すっごいキレイさーー。」

あのバカみたいな笑顔と声がいつも思い出される。

あの時の「好き」の気持ちは、恋愛感情の「好き」であっていたのだろうか?
あれから、10年ちかくたったが・・・、あんな気持ちで想うのはラビだけだった。

男が好きなわけじゃない。ラビが好きなだけで・・・。
彼女を作らないのは、「好き」という気持ちを他の人に抱けないから・・・・。


今ならわかる。
ラビはオレを恋愛対象としては見てなかったってこと。
あの時のラビの年にやっと追いついた。
今のオレが7歳の子供を「好き」になるかって言ったら・・・・・皆無に等しいし、もしなったら犯罪だ。


ラビの年に追いついたからってラビが同い年になるわけもなく、9歳離れているから、今は25歳か・・・。
どこかの国で彼女を作ってるかもしれない。好きな奴がいるかもしれない・・・。



それでも・・・・、あの時の自分の気持ちは変わってないのだ。









「ラビッ・・・・?」
赤い髪が視界に入った瞬間、俺はそう声に出していた。
ラビが帰ってきてる!と自覚するよりも早く口が動いたようだ。

大学の階段を上りきり、踊り場を曲がるとリーバーの横に赤い髪をした男。
子供の頃のように初めて、赤色を見たような感覚に捕らわれる。
いつもの世界でラビだけが色を放っているような感覚・・・・どんなに離れていても、時間が経っていてもラビだけはすぐに見つけてしまう。


「やっぱりラビだ。久しぶりだな。」

振り返ったラビが自分の知っているラビとは少し大人になっているが、ほとんど変わらない姿で立っているかのように見えた。
つい、先週も会っていたかのような安堵感に似た感情が心に広がる。

「えっと。ユウ・・?」

「ああ。覚えてないか?」

ラビの返答に少し戸惑う。ラビは自分のことを覚えていないのだろうか?
小さい頃にラビ!!と呼ぶとこれでもかと言うくらいの笑顔を見せてくれていたのに、今目の前にあるのは、少し困った顔のラビだ。
胸の奥がツキンッと痛んだ気がした。

「いやっ!覚えてる!!めっちゃ覚えてるけど・・・・。すっごい変わったさねー。」

「当たり前だろ?もう高校生だぞ?」

覚えてくれててよかったという思いと今更ながらにラビと会ってたのは、子供のときだったんだなと思い出す。
7歳の俺から見ると16歳なんで随分大人に見えたから、あまりラビは外見上変わってないように見えるのだが、
俺は小学生から高校生だから、一瞬分からなかったのも当然か・・・。

なぜだかとまどったように俺を見るラビに、リーバーがティエドール教授の部屋に行くように促している。
昔もよく俺と遊んでくれてたラビをリーバーが呼びにきてたっけ・・・・。

「うん。ユウー。またあとでね〜。」

ヒラヒラとラビが笑顔で手を振るのをみて、思わず手を振りかえしそうになったが、気恥ずかしさが勝ってしまった。
途中まで持ち上げた腕は、空を切った。








ラビの歓迎会に俺も混ぜてもらって、そのままリーバーとラビが送ってくれている。
あれから、ラビと何度も話そうとしたのだが、ラビを前にするとなんか緊張してほとんどしゃべれなくなる。
ラビに聞かれても「ああ。」とか「うん。」だけ・・・。

ラビと会えなかった間、俺は手紙を書くのが得意じゃなかったし、ずっとずっとしゃべりたい事をためて置いたのに。

ラビに手紙を書きたくて、英語を覚えたおかげで、英語の成績は良いってこと・・・・。
ラビがアメリカに行ってすぐに、ティエドールの親父に負けないぐらいの研究バカの教授が来たこと。
リーバーがまだ助教授にもなれてないのに、自分とほぼ変わらないくらいの歳のソイツが教授でショックを受けていた事・・・。
ソイツの妹が同級生で、よくしゃべるからシスコンのソイツに時々本気で殺気を感じること。

そんなたわいもない事を毎日、毎日ラビがいたら話せるのに、と考えていた。
でも、実際に会うと9年ぶりなのにわざわざする話でもないか・・と思ってみたり。


「ねねー、ユウって高校でモテるでしょ?」

突然ラビがそんな事を言い出し、ドキッとする。
昼間、考えていたことを思い出し・・・・、実際会って、恋愛感情かどうかは分からないが、ラビの事が好きだ・・・と思う。

「べ、別にそんなことない・・・。」

「またまた!!ユウ、絶対モテるし。それとも、怖い彼女でも隣にいるんさ?」

「・・・・・付き合ってる奴はいない。」

「そうなんさ!もったいないさー!!青春期に彼女いないなんてさ!!制服デートって今しかできないんさよ!?」

一番触れられたくないところをラビにドンドン聞かれて、胃の辺りがなんだか重くなる。
これだけ平気で聞くってことは、ラビはやっぱり俺のことを恋愛対象とは微塵も思ってないのだな・・と痛感させられる。
子供の時の苦い思い出がよみがえる。
・・・・男同士だし当然か・・・。少しだけ、海外はそういう偏見の少なさとか意識の違いとか期待したのだが。

「おいおい、ラビおっさんくせぇーぞ。」というリーバーの突っ込みに、そんなに気持ち的には歳離れてないつもりなのにな・・・。
少なくとも、小学生だったころより、随分大人になった。
でも、やっぱり、ラビから見るとまだまだ子供で、そういう関係には考えられないのだろうか?

「ねー、ユウって学校の成績ってどうなの?」

「・・・・・。」

悶々と考えてるうちにラビが質問を変えた。
彼女の話から反れるのは嬉しいが、また耳の痛い質問だ。
成績は勿論よくない。正直いって、英語以外は壊滅的だ・・・・。


「じゃぁさ!これからユウ大学に毎日来なよ。オレ空き時間にユウの宿題見るし!!」

「ユウ、一人で宿題できてる?勉強分からないとこないさ?心配さー!!??」

ラビは、善意で言ってくれている。言ってくれている。
分かってたハズだった。なのに・・・・。

ポンポンと頭をなでようとするラビの手を振り払って叫んでしまった。

「子供扱いばっかすんなよ!!!」









・・・・最悪だ。
ラビにまだ「子供」という目線で見られてるのがなんかムカムカして・・・。
宿題できる?とかいう完全子供扱いにプチンときてしまった。

だからって、怒鳴って走って逃げるとか・・・・・、だから子供扱いされるんだな・・・と自己嫌悪に陥る。
あれから、ラビが気づかって話しかけてくれてもほとんど返事をするのがやっとな状態で・・・・。

正直ラビから逃げていた。

それでも、ラビとは少しでも多く一緒にいたくて、ラビの歓迎会に参加した。
いつもは、大学の飲み会とか苦手なんだが・・・・。
未成年の自分は酒を飲む事もできないし、リーバーとかは幹事をしているので、ゆっくり話はできない。
いつも酔っ払ったやつらに、囲まれてしまう。

今回もアッサリとラビとは遠くの席に離れてしまって、あまりしゃべったことのない大学生の女に取り囲まれてしまった。


こっそりラビのほうをチラチラと盗み見するが時々目があってしまい気まずい。

マイペースに愛想笑いも全くしない自分だが、さすがに酔いの周った連中の相手は疲れてきて、適当に「トイレ」と嘘を言って席を立った。
廊下を出ても、酔った大学生は溢れてて、ほとんど部屋の中と変わりない。

落ち着かないのは変わりないし、部屋の中に戻るか・・・・と団体用の部屋に入ると既にさっきまで座っていた席は、すでに占拠されている。
思わずでそうになるため息を殺していると、ラビが声をかけてくれた。

それだけで、泣きそうになるくらいすげぇ、嬉しいって思ってしまって・・・・・・。










ゴンッ

「痛っ!ユウー。蹴るの禁止ー!!」

「うるせぇ!!ここわかんねぇんだよ!!」

「もー。だったら、口で言いなさい!質問ある度に蹴られてたら、オレの足痣だらけになっちゃうさー。」

「うっせぇ。イライラするんだよ!この記号がっ!」

「インテグラルは悪くないさー。ってか、ユウちゃん口悪い!!なんで、そうなったんさ!子供の時はかわいかったのにー。」

ゴンッ ゴンッ

「・・・・・っ痛ー。二回も蹴ったさ!ユウー。」

「子供の時の話すんなって言ってだろ。」

大学の空き教室。ラビの横で、宿題をさせられてる。
9年前となんら変わらない構図。変わったのは、ラビとの背丈の差が縮まったこと。
歓迎会の日をきっかけにあっさりと9年間の関係に戻れた。
ほんとに9年も会ってなかったか?と思うくらいに。

ラビの膝にだっこされた状態は大学のやつらほとんど全員に見られた。
子供の時でも、恥ずかしいから人前ではしなかったのに、高校生にもなって、あんな大勢に見られて羞恥で死にそうだった。
でも、ラビは全然平気な顔で・・・・。「ユウとはちっさいときすごい仲良かったんさー。」って言って。

9年間の溝なんて一気に越えて、また隣に座ってくれる。
チラリとラビの横顔を見て、それだけでやばいぐらい嬉しくて。
話かけたら、つい口元が緩んでしまいそうで・・・・。足の方が先に出てしまうのは内緒だ。