「ほんと?嬉しいさ!!」

自分が想像していた重苦しいラビの反応ではなく、いつもの満面の笑みのラビがそこにいた。

「絶対!大きくなったら、ユウとユウの彼女もいっしょにオレのトコ遊びに来てさ!!」



・・・・そう言ってのけやがった。







「リーバー!助教授になってたんさー。おめでとうさー!」

「ああ、ラビ。久しぶりだな。元気だったか?」

「うん。めっちゃ元気さ?てか、もう教授たちくらいしか知ってる人いないと思ってたし、なんか嬉しいさ。」

「そうだなー。10年ぶり・・・くらいか?そりゃだいぶメンツも変わってるわな。」

「正確には、9年さ?オレも、もう25さー!」

そうこの大学を初めて訪れた時は、まだ16歳だった。
随分とこの9年間でいろいろな国をまわった。

この国に来たのも9年ぶりだ。その間にこの周辺は随分変わっていた。
空港を降りたときから、全ての建物が変わっているようで、ほんとに同じ土地に来たのか?と疑ってしまったくらいだ。

でも、大学に一歩足を踏み入れた途端に、9年前とほぼ同じ光景で思わず笑ってしまう。
どこの土地でも、大学や学校だけ切り取ったように時間が動いていないように見える。
悪く言えば、閉鎖的で、よく言えば懐かしくて安心できる。

主な活動拠点を大学としている自分としては、このいくら時間がたっても動かない風景はとても心地いい。



暑い中、建物の前で待っててくれたリーバーとティエドール教授の研究室に向かう。
その教室の番号も少し入り組んだ建物の行き方も全て自分の記憶の通りだ。

記憶と違うものは、廊下に法則性なく貼られたサークル勧誘のビラくらいだろうか?






「ラビッ・・・・?」

突然後ろから、かけられた声にとまどう。
この声は、自分の記憶にはない声だ。いや、この声よりいくぶん高いトーンの声なら記憶にあるのかもしれない。


「やっぱりラビだ。久しぶりだな。」

振り返ったオレの瞳に写ったのは、さっきとは別の意味でソコだけ切り取られた世界だった。
その世界の真ん中に、ユウが立っていた。

一瞬、世界中でユウだけが魅力的だと感じてしまうくらいで、頭の芯がしびれて、いつもの貼り付けている笑顔が思わず消えてしまう。

記憶の中のユウよりずいぶんと背が高くなったが、相変わらず少し見上げるような黒い黒曜石の様な瞳にただただ目を奪われた。



「えっと。ユウ・・?」

「ああ。覚えてないか?」

ユウの瞳が一瞬不安そうに揺れる。
もちろん、記憶力のいい自分が忘れるわけないけど、記憶の中の子供とはかけ離れていて、声がでなかった。

「いやっ!覚えてる!!めっちゃ覚えてるけど・・・・。すっごい変わったさねー。」

「当たり前だろ?もう高校生だぞ?」

「そかー・・・。そうだよね・・・・。」

「覚えてる顔もう一人いて、良かったな。ラビ。」

隣のリーバーがそう言えば、子供の時会った事あるんだったよな・・。と思い出したように呟く。
会った事あるというか、周りが年上ばっかりの大学生活の中、年下の子供がいるのが嬉しくてすごく可愛がってた。
実際かわいかったが、大人になってこう成長するとは・・・・。

「う、うん。まさかユウに会えるとは思わなかったさ・・・。」

「ま、神田との話すんのもあとで出来るから、先にティエドール教授に挨拶行くかー。」

「うん。ユウー。またあとでね〜。」

ヒラヒラと手を振って、しまった!と思った。
つい、9年前と同じセリフを言ってしまった。子供扱いして怒ってしまっただろうか?

それにしても、男に言うのは失礼だがあんなに綺麗に・・・・・、魅力的に成長しているとは思わなかった。
もちろん昔から、とびぬけて可愛かったが。

あれでは、周りがほっとかないだろう。

「なぁ?リーバー??」

「ん?なんだ?」

「ユウ、めっちゃ綺麗になってねぇ??」

「あ・・・・?まぁ、昔から可愛かっただろ??」

「うん・・・。いや、そうじゃなくて、なんかそれだけじゃなくて、こう艶っぽいというか、色気的なものが・・・・。」

「はは・・・。まぁ、でもまだ16歳だぞ。結構子供っぽいとこもあるぞ。」

リーバーは艶っぽいを大人っぽいに勘違いしてるのか、のん気に笑っている。
いやいや、そうじゃなくて・・・・。
モテてるか、とか彼女いるか、とかそういう事確認したいんだけど!!

ユウを見たあと、ずっとユウの事が気になって、今のユウの状況を少しでも多く知りたい。
絶対、絶対、、彼女いるに違いない。
16歳といえば、普通で言えば、高校生だ。中学生を彼女無しで乗り切っているのかも微妙だな・・・。

ちょっと綺麗になっているからと言って、こんなに気になるなんて、自分ってこんなにミーハーだったんだな・・・。
と少し熱くなった頬を押さえた。







ティエドール教授にまたしばらくお世話になるという挨拶をして、最近の研究テーマを見せてもらっていた。
論文に目を通しているうちに、あっという間に2、3時間は経ち、腹が空腹を主張する。

歓迎会を開くというリーバーに学食でいいとやんわり断る。
学食だったら、神田も一緒に・・・・という事で、ユウがいるという空き教室に誘いに来た。

ドアを開ける前にちょっと緊張する。
そいえば・・・、子供のときは宿題なんて大嫌いだったのに、大人しく一人で宿題しているのだろうか?


「ユウー?入るさー!?」

コンコンとノックして中を覗く。小さなゼミ室の机に、教科書を開いたまま突っ伏してユウは寝ていた。
・・・・やっぱり。と思って小さな笑いがこみ上げる。

子供の時は、とにかく大人しく座っているのが嫌いで、宿題をするのが大嫌いだったユウ。
あーだこーだと理由をつけて、サボりたがるのではなく、ストレートに「勉強きらいだ!!そとであそびたい!!」と主張するユウが思い出された。
なんど、そのかわいい主張に負けそうになっただろうか?

ユウを起こそうと肩に手を伸ばそうとしたと同時にユウが目を覚ました。
顔を上げたユウの視線はフラフラと宙をさまよい、オレの顔でピタと止まる。
そのままシパシパと瞬くユウにニコッと笑いかける。

「ユウー。リーバーがご飯行こうって。」

「・・・・・。ああ、分かった。」

ユウの薄い反応にちょっとポカンとなる。
昔だったら、オレがご飯の誘いに来たら、顔をパァァッと輝かせて飛びついて来たのに・・・・。
まぁ、高1にもなるんだし、7歳の子供と一緒にしたら行けないよなーと思いつつ少しさびしくなった。

それとも、可愛がってたという記憶はオレの中だけでユウの記憶からは忘れられてしまっているのだろうか?





「アメリカの大学から、しばらくうちに来てくれることになったラビだから、みんなよろしくな!」

学食の隅っこの机を陣取って軽い歓迎会が開かれる。
リーバーに紹介されペコッと頭を下げ、「ラビっす。よろしくさー!」といつもの笑顔を振りまく。
ティエドール教授の研究生たちの視線が一気にこちらに注ぎ、想像よりも若い!と目を丸くされる。


何個も大学を渡り歩いてきたからこんなのなれたものだけど・・・。
チラチラと視界に入るユウの姿が気になる。

高校の事聞いても、勉強の事聞いても、「うん。」とか「ああ。」「大丈夫だ。」とかそっけない返事ばかりで・・・。
人見知りする子だったけど、子供のときオレだけには懐いてくれていたのになぁ。
再開した時嬉しそうに見えたのは、オレの気のせいだったのか・・・・?





帰り道、ユウをリーバーと一緒に送りながら気になる事を聞いてみる。

「ねねー、ユウって高校でモテるでしょ?」

「高校でっていうか、大学でも人気あるぞ?」

バレンタインの時期なんかすごいぞー!とリーバーが言っている。
他のゼミの女の子とかからもチョコがいっぱい届くらしい。う、羨ましい話さ!!
確かに、ほとんど10コ上のオレから見ても相当魅力的な容姿。

艶やかな髪に、整った顔立ち、白い肌に艶やかな唇が目を引く。
16歳という歳からか、まだ細い体つきで、抱き寄せたらスッポリ腕の中に納まりそう・・・・って何、オレ想像してるんさ!
男の子に・・・・。

「べ、別にそんなことない・・・。」

「またまた!!ユウ、絶対モテるし。それとも、怖い彼女でも隣にいるんさ?」

「・・・・・付き合ってる奴はいない。」

「そうなんさ!もったいないさー!!青春期に彼女いないなんてさ!!制服デートって今しかできないんさよ!?」

「おいおい、ラビおっさんくせぇーぞ。」

ユウに力説してるとリーバーからそう突っ込まれる。
まだ25歳なのに、「おっさん」というワードはショックだ・・・。
確かに、ユウから見たらおっさんだろうけど・・・。

「そりゃ、ユウから見たらおっさんだろうけど、リーバーひどいさぁー!!」

オレとリーバーがそんな話で盛り上がってる間も、ユウはほとんど下を向いて、無言だ。
反抗期ってやつなのかな・・・?と勘ぐらせる。
確かに、ユウの年頃ではむやみやたらに大人に腹が立つ年頃になるのも分かる。
うっとうしくて、口も聞きたくない。

でも、オレはユウの周りで一番年が近い大人なんだし、昔みたいに懐いてくれたら、嬉しいなぁー。
お!!と自分でも名案を思いついて、ユウに話かける。


「ねー、ユウって学校の成績ってどうなの?」

「・・・・・。」

「あー・・・・、なぁ神田。これからだよな!!前より成績上がってるし・・・。」

リーバーの苦笑いであんまり芳しくない成績なのだと推測できる。
たしかに昔のユウも勉強は得意な方ではなかったと思いだし、昔と変わってないなぁーと嬉しくなる。

「じゃぁさ!これからユウ大学に毎日来なよ。オレ空き時間にユウの宿題見るし!!」

「えっ・・・。」

「ユウ、一人で宿題できてる?勉強分からないとこないさ?心配さー!!??」

ポンポンと頭をなでようとするとユウに手を払われた。
振り返りざまにユウは、キッと睨みつけて言い放った。



「子供扱いばっかすんなよ!!!」

その言葉だけ残して、ユウは走り去ってしまった。









「あーあ・・・・。最悪さ・・・・・。」

「まぁ、神田も10年前と違って、素直なだけの子供じゃないし、難しい年頃だから気にすんなよ?」

「うーうー。でも!!まだ、オレの16の時の気持ち覚えてるつもりだったんだけどなー。」

そうなのだ。実際まだラビは若いつもりでいた。社会に出るわけではなく大学という閉鎖された空間のなかで、まだ他の25歳よりは若いつもりでいたのだ。
思春期のときのモヤモヤした気持ちも分かるし、大人としての気持ちも分かるし、いい兄貴分として、慕われる予定だったのに見事に野望は崩れ去った。
あれ以来、ほとんど神田はラビとしゃべる事はない。

ラビから話しかけても返ってくるのはぶっきらぼうな返事ばかり・・・・。

「嫌われちゃったのかなー・・・・。」

「9年の年の流れはでかいぞー。ネットとかでだいぶ環境変わってるしな!!」

「オレが16の時だって、ネットは普及してたさー!!」

人を年寄りみたいに言ってー、とブーッとむくれる。
リーバーは「そりゃ、悪かった!」と全然悪びれるそぶりもなくなんだか楽しそうだ。

「まー!そんなシケた面すんなよ。今日の歓迎会には神田も呼んであるから!!」

「えっ!ほんと!?」



歓迎会という飲み会の場だったら、ちょっとは前みたく打ち解けるかも!!と胸を弾ませていたが・・・、
・・・・ユウは16歳だった。

周りの研究生がどんどん出来上がってくる中、ユウは素面だ。
というか!!酔って大胆になった女子大生が、ユウにべたべた触るのが気にさわるんですけど!!
「神田クン、かわい〜!!」ってキャイキャイ女の子が束になって、ユウの髪とかほっぺたとか触ってるのってズルイ!!


ズルイ!!ってあれ??
えーっと、ユウが?それとも女の子が・・・・?

答えはもう既に簡単にでている。
ユウに話しかける奴がいるたびに、心がざわつく。ユウに触れるやつがいるとずげー腹が立つ。

これって、やっぱり・・・・。ユウの事好き?なんかなぁ・・・。
それとも、懐いてた子供が手に戻らなくなったという焦りなのか?
独占欲と恋愛感情がまざってるのか・・・・、よくわかんないなーと考えていると、ユウとバチッと目が合う。

が、すぐにパッとそらされる。
さっきから、それの繰り返し。ユウが気になって、ユウの方ばっかり見てるから、かなり目が合うんだけど、露骨に目をそらされるとちょっとヘコむ。

ユウの側の席に行きたいけど、さっきから女性陣が陣取ってて全く近寄れる気配がない。
何度目かのため息をついていると、ユウが席をたちあがる。
女性陣が残念そうに声をかけると、ユウの口元が「トイレ」と言ってるように見えた。
残念ながら女性だと、男子のトイレまでついてくるわけにはいかない。

ちょっと時間をあけてオレもトイレ行くふりして、ユウを捕まえようかな、と考えてるとユウがすぐに戻ってきてビックリする。
が、席に戻らずに、部屋の中を見渡して少し困り顔だ。

「ユウー!!どしたんさ??」

オレが座ったまま声をかけるとユウがトコトコとオレの側までくる。

「席がなくなった・・・。」

「えっ??あっ・・・そっか。」

ユウに言われて、さっきユウが座っていた席を見たら、女性陣の逆ハーレムだった席は、男子が混ざって空席がなくなっている。
飲み会全体が何人か他の研究室の先生や生徒が混ざっているようで、ドコも飽和状態で席が足りない。

「ユウ!ここに座るさ!?」

ユウにオレの座っていた席を譲ろうと声をかけたら、コクンとユウが頷いた。





「えっ!?」

昔、絵本を読む時にユウをよくこの体制をしていた記憶がある。
あの時よりも、だいぶ成長した重みで、ユウはオレの膝にちょこんと腰掛けた。