ペリドット
初めて、彼を見たのは、7歳の時で・・・・。
「ラビっす。はじめまして。」
って差し出された手より、赤い髪に気をとられてポカンとしていた。
差し出した手を俺がいつまでも握らないので、彼は俺の目線の高さに合わせるようにしゃがみこんできて、ポンポンと頭をなでた。
赤い髪を見たのも初めてで、眼帯をしている奴も初めて見たから、初対面にしては随分と不躾にマジマジと彼を見てしまったに違いない。
それでも、彼は気を悪くした風でもなく、ニコッと笑いかけてきたが、人見知りの俺は笑い返すこともできずに、ただただ彼の緑色の瞳に目を奪われていたことを覚えている。
俺の養父のティエドールは大学の教授をしていて、世界中から留学生が集まる研究室の教授だった。
小学校から帰った後は、研究室に直行して夜になったら、ティエドールと帰る。そんな俺を研究室の学生が代わる代わる面倒を見てくれていた。
だから、昔から外国人と接する機会は多かったんだ。でも、そんな中でラビはなんか特別だった。
ゼミ生のリーバーに聞いたら、ラビは16歳だけど、もう博士号をアメリカでとっていて、世界中の大学の研究室を回っているらしい。
多分、すごい事なんだろうが、俺にはラビの何がすごいか全然わからなかった。
誰よりも遊んでくれるし、面倒も見てくれる。
ガリ勉なんて、全然見えなくて、ほんとに頭いいのか?と疑問が浮かぶくらいだ。
ティエドールの親父に言われているのか帰ってきたら、必ず宿題はやらされるのだが、その後は外に遊びにつれていってくれる。
大学のキャンパスは小学校の運動場とは段違いの広さで部屋でジッとしているより、外で遊びたい俺にとっては恰好の場所だった。
いつも二人でクタクタになるまで走りまわり、夜になったら、学食に連れて行ってもらう。
初めて一緒に行った時に「蕎麦っ!!」てカウンターへ背伸びして注文してたら、「渋いさっ。」って笑われた。
ご飯を食べた後は、だいたい絵本を読んでもらった。たまに、膝に乗せてもらって読んだり。
子供っぽいから、ラビと二人きりのときしかしなかったけど。
絶対、ティエドールの親父やディシャに見つかったらからかわれる。
ラビの読む絵本はいっつも「こうして、二人は仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。」で終わっている。
最後のページはいつも二人でニコニコ笑って、家の前に立っていた。
こうして、一緒の家に暮らせる奴はいいよな・・・・と最後のページの見ながら思う。
ラビと二人でいるのは、本当に楽しくて、毎日ティエドールの親父が家につれて帰られる時間が来ると憂鬱だ。
ほんとは、「ラビと一緒がいい!!」って駄々こねたいけど、子供じゃねぇし・・・・。
ラビと同じ家だったら、いいのになーと思ってたら、ガラッと研究室の扉が開いて誰かが入ってきた。
ゲッ、ティエドールの親父か・・・?と思っていたらリーバーで、俺とラビを見つけるとホッとした顔で近づいてきた。
「神田ー。ここにいたのか。」
「あっ、ユウはもう帰る時間なんさ?」
「いや、今日から教授が来週の学会の準備があって、泊り込みなんだそうだ。だから、神田は今日からおれの家に泊めるわ。」
ポンッと頭に手を置かれ、「帰るか。」と言われる。
リーバーは、たまにティエドールの親父が家に帰れない時に、家に泊めてくれる。
嫌じゃないんだが、今日はラビの家がいいなーと思ってしまう。
「そうなんさ?だったら、オレん家にユウ泊めるけど?」
ラビの申し出にパッと顔を上げる。
「泊まりたい!!」
ラビの家に泊まったら、ずっとラビと遊んでられる。
ずっと、ずっとラビの家に行きたいと思ってたんだ。
だが、俺の嬉しそうな顔を見てリーバーが申し訳なさそうに言う。
「ごめんなー。神田。ラビはティエドール教授の手伝いで来て欲しいんだってさ。来週までちょっと忙しいみたいだから、俺の家でガマン!な・・・?」
「ええー、そうなん?オレも駆り出されるんさ?」
俺よりラビの方がすごく嫌そうな顔をしている。学会になるといつもティエドールの親父は家を空けるから相当忙しいのだろう。
ラビとリーバーの話を聞いていると、半分も理解できなかったが、今回はラビもかなり手伝わないといけない分野らしくラビも大学に泊り込みらしい。
一週間くらいリーバーの家に泊まる事になるから、着替えとか旅行用のリュックサックに詰めなきゃな、と思ってるとラビがポンッと頭をなでる。
「ユウー。オレしばらくユウに会えんかもしれないけど。ちゃんと宿題するさ?」
「えっ!?」
俺がビックリしてラビを見ると、ラビは手早く机の上の資料やUSBメモリをいくつか手に取り、出て行った。
その横顔は、俺が見たことのないラビの顔だったんだ。
「神田ー、そんなに落ち込むなよ・・・・。」
「落ち込んでなんかない!!」
「そうか?食欲もあんまりなかったし、なんかしょんぼりしてるように見えるぞ?」
ティエドールの家に向かって、手早くお泊りセットを整え・・・・何度か他所の家の泊り込みを経験しているので、慣れたものだ。
リュックサックを背負って、リーバーの家に行く道中でリーバーに声をかけられる。
思わず図星を突かれて、ムキになって言い返してしまう。
「・・・・ラビって忙しいのか?」
「あーまー、そうだな。普段は単位の事とか気にしなくていいから、講義でなくてもいいんだけど・・・・。
学会となるとなー。ラビの頭の中には色んな大学の論文が詰まってるから、すごい戦力になるしな。」
「・・・あんま分かんねぇけど、ラビは頭いいんだな。」
「まっ、でも学会終わったら、また遊んでくれるだろ・・・。」
来週末には終わってるし、スグだって!!とリーバーは励ましてくれるが、今日は月曜日だ。
と言う事は、もう一回月曜がくるのを待って、その後の金曜か土曜・・・・・・。気が遠くなるほど長い。
リーバーの部屋は、研究室の資料でいっぱいだ。
正直、足の踏み場もないくらいなのだが、いつも俺が泊まる時は、なんとか俺の寝床を確保してくれる。
その確保してくれたわずかなスペースに布団をしいて、リュックサックから、パジャマと絵本を取り出す。
昼間、よくラビが読んでくれる絵本だ。
パソコンの前に座ってたリーバーがこちらを見て驚いたように言う。
「あれ?神田、いつものゴレンジャーとか車の絵本じゃないのか??」
「ラビが最近いっぱい図書館から、本借りてきてくれるんだ。昔話の奴が多い。字がこっちの方が多いから勉強になるんだって。」
そう、以前はゴレンジャーや戦隊もの車や電車の写真が載ってる絵本を見てるのが好きだった。
正直、日本昔話などは字が多いし、おもしろくないし嫌いだったんだ。
でも、ラビがたくさん本を借りてきてくれて、アイツと一緒に読んでると、退屈だった話が一気におもしろくなるから不思議だ。
桃太郎なんかも、ラビが鬼の役とか家来の役をやってくれる。声色を変えて、セリフを分担して読むのがすげぇ楽しい。
だから、最近は日本昔話なんかも好きになってきた。
今日は一寸法師の本を持ってきた。布団の上に寝っころがりながら、ページをめくっているとリーバーがパソコンの手を休めて、聞いてくる。
「それにしても、神田ってめっちゃラビに懐いてるよなぁー。」
珍しいな、と言ってリーバーが微笑んでいる。俺は「なつく」という言葉が分からなくて、眉をひそめた。
「『なつく』ってなんだ?」
「あー、神田はラビのこと好きだろ?そういう事だよ。」
リーバーが発した「好き」という言葉にちょっと戸惑う。
学校でも、男子が好きな女子の事がバレたらすげぇからかわれてる。
そういう好きともちょっと違う気もするし、似てる気もするし・・・・。
「俺、大きくなったらラビと結婚するんだ。」
「えっ!?」
驚いて、目を見開くリーバーに俺は一寸法師の最後のページを見せる。
一寸法師が打ち出の小槌によって青年に戻り、めでたくお姫様と結婚するイラストだ。
もう、絵本に書かれている文章だって、キチンと読める。
『こうして、大人に戻れた一寸法師とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。』
「こんな風に大きくなったら、ラビと一緒にずっと暮らすんだ。」
「あっ・・・・おう。そうか・・・・。叶うといいな。」
リーバーの歯切れの悪い言葉にちょっとムッとする。
まるで、ラビが俺の事好きじゃないみたいじゃないか!!
「ラビは俺のこと好きじゃないのか?大きくなっても一緒にくらさないのか?」
ちょっと心配になってリーバーに詰め寄る。
リーバーはちょっとしどろもどろになって答える。
「あー、どうだろうな?その絵本も男の人と女の人が一緒に暮らしてるだろ?
・・・・・ラビは、女の人も好きなんじゃないのかなぁ?」
「それは、違うぞ!リーバッ!だってこないだ大学の女の人たちが、ラビにご飯行こうって誘ってたけど、ラビは俺がいるからって断ってたぞ!
『いいのか?』って聞いたら、『あの子よりユウの方がカワイイからいいんさ!』って言ってたぞ!」
胸を張っていう俺にリーバーは安心したかのように、あはは、よかったなと言って布団を着せてくれる。
部屋の電気は消されて、リーバーのパソコンの周りだけスタンドに照らされて明るくなっている。
その灯りを見ていると、だんだんとさっきのリーバーの言葉が重石のように心を重くした。
ラビからはっきりと俺の事が好きって聞いたことはない。
一緒に暮らしたいも俺が一方的に言ってるだけで、ラビはそうは思ってないかもしれない。
女の人が好きっていうのも本当なのかも・・・・。
考えれば考えるほど悪い考えが頭の中に浮かんできて、ソレを断ち切る為に布団を頭まで被りギュッと目を瞑った。
どっちにしても、明日ラビに聞けばわかることだ。
でも、次の日もその次の日もラビには会えなかった。
多分、学会の準備で忙しいのだろう・・・。
正確には、何度かチラチラと赤い髪を見つけたのだが、忙しそうに他の大人としゃべっていた。
パソコンがいっぱい置いてある部屋でラビを見かけた事もある。
入り口から、中をこっそり覗いていると、こないだの俺の知らない横顔でパソコンを叩いていた。
いつもなら、俺が入り口で待ってるとすぐにこっちに気づいてくてたのに、今日は一向に気づいてくれなかった。
遊んでもらえないとは覚悟していたが、ちょっとの間しゃべる事もできないのかと思ったらなんか胸の真ん中がギュウッと痛くなった。
そのせいか、リーバーに晩御飯に連れて行ってもらっても、全然食べる気がしない。
今日は、サンドイッチにしたからかもしれない。いつもの学食がいっぱいだったので、今日はカフェの方に連れてきてもらったんだ。
リーバーが、ちょっとココで食べててな。と言って席を立った後も、全然パンが喉を通らない。
まるで、胃がパンを入れるのを抵抗して、押し戻しているような感じだ。
「うわぁー、マジ徹夜もう勘弁さー・・・・・。」
「だらしないですねぇ。」
「だって、休憩もほとんど取れないしさ。ああ見えて、ティエドール教授ってマジ鬼畜・・・・・。」
「まぁまぁ、ウチの師匠よりマシですって。コーヒーでもおごりますから。」
俯いてサンドイッチと格闘してたから、いきなり耳に入ってきた話し声に驚いた。
2、3日聞けなかったラビの声だったから・・・。
顔を上げるとやっぱり正解で、ラビとあと髪の毛が白いモヤシみたいな男としゃべりながら、カウンターで注文をとっていた。
ラビの側まで、走っていきたいけど、リーバーの鞄がイスの上にあるし、ラビが注文を取り終わったら、ココから声をかけよう。
結構、大きな声を出さないとと、考えてるとラビはテイクアウトだったらしく、紙袋を持ち店を出て行こうとしている。
あわてて、リーバーには申し訳ないが、席を立ってラビを追いかけるとラビ達のしゃべってた声が聞こえた。
「あのレジの子かわいかったさ〜〜〜。」
「っていうか、ラビってほんとどんな子でも、OKですよね?好きな子ってどんなタイプなんですか?」
「んーまー。皆、かわいいし?10歳から40歳くらいだったら、別に・・・・・。」
「・・・ほんと、節操なしですよね。」
「アレンに言われたくないさー!!」
会話の内容を聞いてしまって、思わず追いかけてた足が止まった。
そして、ラビ達に見つからないように祈りながら、こっそり席に戻る。
「―――――田!!神田っ!!」
顔を上げるとリーバーの心配そうな顔がある。
なんだ?と見やれば、パジャマの前をトントンと指さされる。
見下ろすと着ていたパジャマのボタンを掛け違いをしていた。・・・・しかも3個も。
どおりで、片一方の布が足りないわけだ。
「どうした?神田。今日ずっとボーっとしてないか?」
ティエドールの親父は相変わらず忙しいらしく、リーバーの家に泊まらせてもらっている。
多分、来週末までずっと泊まることになりそうだ。
ボタンの掛け違いを治すとバフッと布団に倒れる。
頭の中にあるのは、夕方聞いたラビの会話だ。
分からない言葉もあったが、ラビが好きな子の話をしていたのだろう。
ラビが好きになる子は、10歳から40歳で・・・・。
「神田、今日は、絵本読まないのか?」
「・・・・・リーバー?」
「ん?なんだ?」
「俺って今何歳だ?」
「神田は7つ・・・。7歳だろ。」
「こないだ誕生日が来たのに?」
「ああ。こないだの誕生日で7歳になったんだ。」
ふーっとため息をつく。少し前に誕生日が来たというのに、まだ7歳で。
ラビが好きな10歳にはあと3歳も足りない。
「1年に1歳しか年取らないのか?」
「?・・・そうだぞ。1年に何歳も年取ってたら、俺なんてあっと言う間にオジさんで大変だぞ。」
リーバーが少し笑いながら、言う。
1年に1歳ならば、10歳まであと3年もかかる。
それまでに、ラビは誰かと結婚してしまうかもしれない。
少なくとも、ラビは今の俺の事は好きじゃないんだな・・と思うと、なぜかジワッと目頭が熱くなって急いで布団を頭までかぶった。
学会の発表が終わると同時にラビは外国に行く事が決まった。
楽しみにしていた来週末はなかなか来なかったのに、来るな、来るなと願っているとすぐに来週末になってしまった。
ラビが最後の挨拶に研究室に来ている。
「ユウー!元気でねー!」
いつもの笑顔でラビはたくさんたくさん俺をなでてくれた。
そんで、たくさんの絵本もくれた。英語の絵本も・・・・。
いつか、外国に遊びに来てって・・・・。
「・・・ラビ。」
皆がいるところじゃ、何にもラビと話せなかった。
だから、廊下に出て、二人っきりになって、手をつないでもらった時、ポロッと言葉が零れた。
「・・・ラビ、好きなんだ。」
相互リクさしていただいているはとり様リクの「9歳歳の差ラビュ」です。
色々萌え萌えシチュエーションをいただいたので、ワクワクしながら書いております。
後編で終わる・・・とおもいます。また、三部作にならないように気をつけます。
うちのサイトのちびユウさんはなんか素直さ全開!!なのですが、後編では愛おしいひねくれさも出していければと思っております。