ガタン、ガタンと規則的に揺れる電車の中、通勤通学のラッシュ時の為容赦なく後ろから圧迫される。

車内が揺れる度に鞄がガツッと当たったり、足をヒールで思いっきり踏んづけられてもましてや楽しくない学校に行く途中でも、ラビが上機嫌なのには訳があった。
それは、ラビの視線の方向、ラビに背を向けるようにドア側に立っている隣の女子高の制服に身をつつんだ彼女のせいだった。

ラッシュのむさ苦しい空気がいきまく車内で彼女の周りだけ切り取ったように澄んだ空間に見えた。

彼女を初めて見かけたのは、もう2ヶ月ほど前。
いつも遅刻ギリギリの電車だったのをなんの気まぐれか何本か早い電車に乗ってみた。
そこで、見かけたのが彼女。

地元では有名なお嬢様学校の制服に身をつつんで、凛と立つ彼女を見た瞬間、朝の喧騒が止んだ。
真っ直ぐ伸びた黒髪に少し目尻の上がった大きな瞳、陶器の様な肌に桜色の唇全てが自分の目を捉えて離さなかった。

彼女が電車に乗ってきて、幸運にも自分の方へ、人ごみに流されてやって来た時、チラリと視線が合った。
その意思の強そうな瞳と視線がかち合って、全身しびれるような感覚に陥った。


一目惚れとかって今まで、馬鹿にしてきたけど、実際してみるとこんなに苦しくもなるなんて。
今となっては、毎日同じ電車、彼女がよく乗ってくるドア付近に乗っている。

たまに違うドアから乗ってこられたり、会えない土日は気が狂いそうないつらい。

ハァとため息がもれる。
結構今まで、彼女に不自由した事がないが、目の前の彼女には2ヶ月たった今でも声をかけられずにいる。

振られたら、イヤだからというよりも、振られて彼女が違う電車に変えられるのがイヤというか・・・・。
彼女との接点を失ってしまうのがイヤだった。

あーあ、ドラマみたいに彼女が痴漢にあってるのを助けるとかないんかなー。
彼女の制服は男達の憧れの的でもあるから、よく痴漢に狙われやすいと聞いたことがある。

でも!ダメさ!!彼女が痴漢にあってるなんて耐えられない!!可哀相さ!!
やっぱり落し物したところを届ける方がいいさ!

なんか落とさないかなぁ〜。
降りるのも同じ駅だしチャンスは多いハズなんだけど。
むしろ、オレから落し物して拾ってもらうとか!!

などとぼんやり考えていると背を向けていた彼女が振り返った。
彼女のほぼ後ろに立っていたものだから、バッチリ目が合って、というか彼女はラビを見上げてきていた。

まさか振り返るとは思っていなかったから、見つめていたのがバレたかと思って、ドギマギする。
彼女の視線が友好的ではなく、むしろ敵意に満ちていたものだから、余計に。

えっ、睨まれてる??
ただでさえ、迫力のある美人なのだから、彼女が睨んだりすると気迫があって、だじだじとなる。
思わず視線をそらしてうつむく。

きゅうに、視線をそらして変に思われたかな・・・・・。

「おい、てめぇ、いい加減にしやがれ。」

低い押し殺したような声が聞こえる。
ハッとして顔を上げると、見返してくる彼女の瞳には確かに怒りの炎があった。

オレの言ってんのかな?そんな彼女を怒らす心当たりはない。
確かに、毎日見つめてはいたが、気付かれないように極力注意を払っていた訳で。

オレが困惑している間に、ガタンッと電車が駅に止まって彼女側のドアが開いた。

「お前、ココで降りろ。」

彼女はそういうとオレの腕をグィッとつかんでホームへ降りた。
周りの人は、彼女が低い声で聞き取りづらかったせいか、あまりこちらを気に留める人はいない。

腕をつかまれ動揺しているオレを余所に彼女はスタスタと前を歩く。
到着時は若干通勤客で、ホームは混雑していたが、しばらくするとホームは閑散としてくる。

人の少なくなったホームの真ん中でやっと手を離してくれた。

振り返った彼女の瞳はやっぱり怒りの色を湛えていて。
何をそんなに怒っているのか全く理解していないオレは、どうすることもできなかった。

「いい加減にしろ!このチカン野郎!」

彼女の言い放たれた言葉に一瞬、頭がフリーズして言葉が出てこなかった・・・・。












?チカン・・・?チカンって何それ?おいしいの?

彼女の言葉を反芻して、意味を把握しようとする。
チカンって、あれだよな・・・?アレ・・・・?オレ・・・・?

「えっ!!イヤ!!オレの事さ!?ちッ違うさ!!」

やっと彼女の言葉を理解したと同時に頭から冷水をかけられたようにヒヤッとした。
口がパクパクして異常に口の中が乾く。

オレがアワアワとしていると彼女のきつい眼差しが容赦なくこっちを差してくる。

「嘘つけ。俺の後ろにいただろ・・・・。」

「ほっほんとに違うんさ!!そんな事してないんさ!」

ブンブンと大げさな身振りで否定してみても一向に彼女の疑惑の眼差しは止まない。
好きな女の子からまさかのチカン呼ばわりで余計にあせってしまう。

ああー、こんなあせってたら余計怪しいさぁ〜。
なにこれ?彼女が痴漢にあってたら・・・って想像した罰ですか・・・?

「オ、オレ右手は鞄持ってたし、左手はつり革持ってたしホントに!!」

「・・・・。」

冷や汗ダラダラの弁解も相当怪しいだろうなと冷静なもう一人の自分が思う。
彼女の視線は冷静にまっすぐオレを射抜いていき、のん気にもやっぱりキレイだなと思った。

「・・・・・・ホントに違うのか??」

「ほっほんとに違うさ!!」

彼女は何か考えるように俯き、靴の先を睨んでいる。
そして、潔く「悪かった。」と頭を下げ、気まずそうに背を向ける。

まだバクバクしている自分の心臓を落ちつけ彼女に声をかける。

これは、チャンスなんさ!!

「あっあのさ!その・・・チカンされてたんさ?」

「イヤ・・・・その、気のせいかもしれねぇし。」

彼女はキュッと唇をかみ締める。
男のオレからしたら、被害にあった女の子ってなんですぐ被害届ださないのかなって思ってたけど、女の子は恥ずかしいって気持ちの方が大きいらしい。
こないだ、友達に聞いたんだけど。

オレ無神経なこと言っちゃったのかなと言った先から後悔する。
彼女の横顔はほんの少し赤くなっていて、かみ締めた唇がかわいそうだ。

「その・・・・悪かったな。勘違いして。」

「ううん!!全然。」

彼女はそういうと、ホームの先の方へ歩いていこうとした。
アナウンスが流れ、ホームに電車が通過する事を伝える。
あわてて、オレはその後を追う。

「あのさ!!もし良かったら、これから一緒に学校行かない??」

突然のオレの言葉に彼女は大きな瞳を丸くする。
その横を特急列車がゴォォォと音を立てて通り、彼女の長い髪を揺らした。

「その制服って、狙われやすいとか良く聞くさ?男と一緒に乗ってたら、あんまチカンとか合わないと思うし・・・・。」

戸惑う彼女にたたみかけるように、彼女の通う黒高女子と自分の通う英高は同じ駅にあるのだと力説した。
オレの気迫に気圧されたたのか彼女は、ちょっと困ったような顔で「わかった。」と言ってくれた。


















待ちに待った次の日。
こんなに学校に行く事を心待ちにしたのって、小学校の遠足以来??いやそれよりも、ずっとずっと!!

暗い顔でギュウギュウに電車に詰め込まれる他の客達をなんて可哀相!!と思える余裕すらある。
気のせいか、いつもの車窓も、キラキラ輝いてて、まるで祝福しているよう!!と少女マンガのような事を考えてしまう。

彼女の乗る駅について開くドアに熱視線を送る。
降りる客の座席を狙って、突進するように乗り込んでくるハゲのオッサン達は、置いといて。
オッサン達の後ろから、彼女が乗ってくる。

ほんとにスーツがグレーの人が多いせいか、彼女だけカラーで見えるような、そんな世界。
彼女の制服も紺なんだけど。

オレの頭が赤だから、すぐに見つかったのか、彼女はオレを見つけるとトトト・・・・と近づいてきた。
それだけで、顔が満面の笑みを作ってしまう。

「神田さん!おはようさ!」

「・・・おはよ。ほんとにいたんだな。」

ちょっと呆れたような表情で彼女は言った。
彼女の名前は神田というらしい。下の名前はなんでか教えてくんなかったけど。

そりゃそうさ!と言いながら、今まで陣取っていたドア側に彼女を立たせる。
コレでオレが前からガードすれば、背中はドアだしチカン野郎も手を出せないさ!!

電車はゆっくりと発車し、ガタガタと少しずつ揺れ始める。
皆がつり革を持てるわけじゃないから、当然バランスを崩す人もいるわけで、揺れるたびに波のように背中へ圧力がかかる。

神田さんにちょっとごめんね、と言って、ドアに右手をつかしてもらって、なんとか耐えるけど。
だって、神田さんを押しつぶすなんて考えられない!!

「だいじょうぶか?」

結構、強めの衝撃が背中に来て、ウッと低く呻いてしまった。
それに驚いた神田さんがこちらを見上げてくる。

へーきへーき、とヘラッと笑う。だって、今日の目標はラッシュの電車から神田さんを守り抜いて、惚れてもらう!なんさ。
強くて、優しい男ってのは点数高いんさ!。

電車が駅について反対側のドアが開く。
人が大分降りて、ホッとしたのもつかの間、さらに通勤客が乗り込んできてギュウギュウ圧迫される。

後ろのオッサンからは頭の整髪料の匂いがキツくて、顔をしかめていると、そのオッサンがものすごい力で押してきた。
ドアに踏ん張っていた右手もカクンと折れてしまい、気がつけば神田さんの髪の匂いが鼻をくすぐる。
めっちゃいい匂い・・・・。じゃなくて!!それだけ近づいてしまってるってことさ!

「ごっごめんさ。」

「だいじょうぶだ。お前こそ平気か?」

コクコクとうなづきしゃべりかけようと思ったトコでハッとする。

っていうかオレ!昨日、焼き肉食ったんさー!!口臭かったらどうしよう・・・・。
歯磨き・・・・超適当にやってしまったさ。

神田さんに話しかけられたお祝いとかやるんじゃなかった!!

できるだけ、神田さんに息がかからないように細心の注意を払って。
でも!!神田さんの顔も見たいー!!

苦肉の策で、制服のブレザーの裾で口を覆って。



どうか、神様!!神田さんに息が臭いって思われませんように!!











連載とは違う感じの学パロです。
続き書きたいなー。嬢は連載が浮かびやすいです。
嬢は電車がらみの話が多いです(笑)