「もぉ〜!!何なんですか!!あの人!!」
バァンッと食堂のテーブルをアレンは怒りに任せてたたき付けた。
クルクルと反動で机のティーカップが回転を始める。
その場に居合わせたファインダーたちが、何事か?と言った視線を投げかけてくる。
いつもは、笑顔で取り繕う彼も、今日は怒りのせいでそんな余裕がなかった。
「どうしたの?アレンくん。」
「あっ!!リナリー聞いてくださいよぉ!!あのパッツン凶暴男児が!!」
皆が関わらないように視線をそらす中、同じエクソシストのリナリーが声をかけてくる。
傍らにいるリーバーは、激務のせいか、焦点が定まっていない。
「フフッ、神田のこと?」
腹が立ちすぎて、神田という固有名詞すら口にしたくない。
四六時中ケンカしている神田のことだと話が長くなると察知したのか、リナリーとリーバーは隣の席に腰をおろす。
「あのパッツン・・・・
「なになにー?ユウのことさ?」
向かいからひょいとオレンジの頭が顔をのぞかせる。
神田の事となると耳ざといこの男は、ささいな神田の話でも聞きたがる。
今回も何だ何だ、と向かいの席を陣取る。
「ほんと・・・・、あのパッツンの事となると、ウザイですよね。」
「うっ・・・、アレン今日はブラックさぁ〜。」
「誰のせいだと思ってんですか!!だいたい、あなたやマリが甘やかすからですねぇっ。」
怒りの矛先があの男に首ったけで、いつもいつも何かと神田にベタベタしている目の前のラビに向かう。
目の前のラビを親のカタキと言わんばかりにクワッと睨み付ける。
「うう〜〜。別に、オレ甘やかしてないさぁー。リナリー助けてー。」
卑怯にも、ラビはリナリーに助けを求める。
「神田もアレン君が思ってるほど、悪い子じゃないよ?」
いいトコだってあるんだから、とリナリーは付け足す。
アレンは、自分の意見に賛成してくれないことに少しむくれる。
「そうさ!そうさっ!!ユウは可愛いいんさ!!」
「うるさい。黙れ。」
調子に乗ったウサギは低めの声で一蹴する。
すると、今ままで、黙っていたリーバーがボソッと口を開いた。
「神田は、昔から優しかったなぁ。」
「神田ー、ラビ、リナリー、おやつもって来たぞ〜。」
3人の子供達の目線が一気にリーバーに集まる。
今日は、ラビが神田とリナリーに勉強を教えるとかで3人とも同じノートを持っている。
リナリーは、几帳面に何か書かれていて、神田は・・・・・まぁ、真っ白だ。
神田の真っ白いノートに苦笑させられながらも、リーバーは、皿とジュースの瓶をテーブルに置く。
「今日は何さ!?リーバッ!!」
ピョンッピョンとかじりつくように中身を見たがるラビをいさめながら、リナリーをテーブルに座らす。
リナリーは、以前の教団でひどい目にあっていたようで、体調が不安定だ。
今は彼女の兄が教団にやってきてから、少しずつ元気を取り戻してきているようだが。
「今日は、コレだ。」
「あ!!ドーナッツさ!!」
「ラビ、ドーナツってなんだ?」
自分で椅子に座り、隣のリナリーに紙ナプキンをかけて上げている神田が聞いた。
リナリーの首の後ろで紙ナプキンが上手く結べないらしく、眉間に皺がよっている。
「パンの一種なんかなー?材料は似てるさ!!甘いパンさー!!」
あ、でも卵と砂糖入ってるから、ケーキの一種なんかなー、とラビはブツブツ言っている。
きっと、また後で、膨大な資料を読み漁って自分の探究心を満たすのだろう。
一体、どれだけの情報量がその小さい頭につまっていのか。
なんど、自分と頭を取り替えてもらいたいと思ったことか・・・。
「リナリー、ん。取れるか?」
「・・・・・。リーバー、これイチゴとチョコと抹茶?」
リナリーが小さな声でたずねる。
今日は、少し体調が良いみたいでホッとする。
皿の上には、三つのドーナツが置かれており、上にはそれぞれチョコのコーティングがされている。
ピンク、茶色、緑色・・・・多分リナリーの言っている通りだろう。
「多分なー。今日ジェリー忙しそうであんま聞けなかったけど。」
「わー、めっちゃ迷うさ〜〜!!チョコもいいし、イチゴも食べたいし、抹茶も捨てがたいさ!!」
「リナリー好きなの選べ。」
神田が皿をリナリーの前にズズーッと移動させる。
面倒見がよくない彼が、リナリーにだけは兄のように振舞うのがほほえましい。
彼なりに、リナリーを教団の力から守ってやりたいのだろう。
「うん・・・っと。イチゴ・・・。ラビ、いい?」
「うん!!いいさー。ユウはどうする?」
「俺何でもいい。お前、先選べ。」
ラビは、神田の横で、今世紀最大の決断をするような顔でうんうんと唸っている。
その様子にちょっと、呆れながら、3つのカップにオレンジジュースを注ぐ。
真ん中の神田にリナリーのカップも一緒に渡し、ラビの前に1つ置く。
「うう〜〜〜。チョコ、抹茶、チョコ、抹茶・・・。ユウ!オレどっちがいいと思う??」
「・・・・チョコだろ。」
「やっぱり??オレ、チョコの気分だったんさー!!」
キラキラした目でラビがチョコのドーナツを受け取る。
神田はそんなラビを慣れた様子で残りのドーナツを手にとった。
「「「いっただきまーすっ!!」」」
3人で仲良く手を合わせて、合唱する。
リナリーとラビが一緒にかぶりつき、神田はドーナツが珍しいのか、真ん中の穴に指を通している。
「おいひぃさ!!」
「そっか。良かったな。」
口いっぱいにほお張るラビについ口元が緩む。
いつか、この笑顔を戦塵の中へ送りこむのかと思うと胸が痛む。
ドーナツを見ていると子供たち用に作られた訓練の質問を思い出した。
「そういえば、不自由な二択って知ってるか?」
選択できない二択を用意して、判断させる。
それを繰り返すことで、危険対応時の判断を冷静に下せるようにと上が子供達用に作った質問だ。
「知ってるさ!!カードゲームとかで、使う心理作戦さ?」
「・・・・何、それ?」
ラビを除き、神田とリナリーは首をかしげている。
どうやら、この訓練はまだ行われてないらしい。
リーバーは、子供達の持った、欠けたドーナツを見ながら口を開いた。
「んー。選択的ない二択って言って、判断に困る質問のことだ。
たとえば、今ラビがボートに乗っていて、浮き輪を一つ持ってるとするだろ?
で、神田とリナリーが溺れてるとして、どっちに浮き輪をなげますか?っていう質問だ。」
「そんなん、簡単さ!!」
ラビが考える時間もなく即答する。
「ユウに浮き輪なげて、つかまっててもらって、リナリーは泳いで助けに行くさ!!
そんでから、ユウ助けに行くさ!!」
レディーファーストなんさ!!とラビは粋がる。
リナリーはニコニコと話を聞いている。
「リナリーは?」
「・・・・・あたしは、神田を助ける。」
意外な答えにちょっとビックリする。
リナリーは、迷って、選べないというと思っていたのだが。
ええっ!!オレは?ひどいさー!とラビが泣き真似をする。
「だって、神田助けたら、絶対ラビの事助けてくれるもん。」
そっかー!と言ってラビはニコニコ笑っている。
もうちょっと深く考えろよ。頼りにされてないって事だぞ、と心の中で突っこむ。
無言だった神田に、お前はどうするんだ?と聞いてみる。
しばらく、ドーナツを食い入るように見つめてやっと口を開いた。
「俺は、浮き輪を半分コする。それで2人にやる。」
まだ手をつけていなかったドーナツをバキッとキレイに半分にして、ラビとリナリーの皿に載せた。
甘いもの嫌いだから、やる、とぶっきらぼうに言って。
「・・・・・は?」
「な?神田、優しいだろう?」
「え?ちょっと待ってください。リーバーさん!!睡眠不足で頭おかしくなったんですか?」
それ、優しいじゃなくて、馬鹿って言うんです!!どっちも助けられてないじゃないですか!という言葉はもう一人の馬鹿に遮られた。
「そうさ!!ユウは優しいんさ!!オレが抹茶食いたいって言ったの覚えててくれたんさ!!」
目の前で前のめりに主張するオレンジ馬鹿に顔が引きつる。
・・・・神田の馬鹿で自己中なのを増長させたのは、リーバーさんも含まれていたのか、と頭痛がする。
冷めてしまった紅茶に口をつける。
――――絶対、神田は何も考えてなかったし、それで2人救えると思ったんだろうな、あの馬鹿は・・・。
唯一の救いであるリナリーの顔を見上げる。
「ね?神田いいトコあるでしょ?」
ダメだ・・・・。この教団は・・・・。まともな人間はいないのか!!
この環境を嘆いて、アレンは空を仰ぎ見た!