「次は、・・・・。・・・・。」
電車の運転手が家の最寄り駅の名前をつげる。
バイト終わりの眠たい目をこすりながら、窓の外に写った自分の赤い髪を見る。
ここで乗り過ごすと後がないのでやっかいだ。
ガラガラの終電の車両の中で大きく伸びをする。
駅につき、車両は静かにドアを開ける。
ノロノロとホームへ降り、外の空気に身を震わせる。
「さっむいさ〜。」
小さく呟き、あくびをかみ殺した。
ドンッ
突然の衝撃に上体がゆらぐ、ついでにさっきまでの眠気も吹っ飛んだ。
人とぶつかったらしい。
相手をこかしてしまったようで、あわてて鞄を拾ってかけよる。
「ごめんさ。大丈夫?」
相手はすりむいた足をかばいながら、立ち上がり小さくうなづいた。
「あ゛」
プシューッ
相手が声を上げたのと電車のドアが閉じたのは同時だった。
電車が発車するのを呆然と見送る相手におずおずと声をかける。
「だ、大丈夫?今の終電だったんさ・・・・・。」
相手が振り返り、やっとはじめて相手の顔を見た。
(超ー、キレイさー。)
彼女は少し乱れた長い髪をおさえ、ため息をついた。
ため息をついても美人は美人だとその時はじめて知った。
「タクシー拾う?」
2人で改札を出て、彼女に聞いた。
「いや、いい。」
「そうなん?家近い?送ってくさ。」
転ばしてしまった後ろめたさと、彼女に対する好意からそう言った。
「いい、家遠いし。どっかで時間つぶしてる。」
「そうなんさ?えっと、じゃぁ・・・」
カラオケで始発まで待つ?と聞きかけて知らない奴にそう言われたら警戒されるよなーと思い言いよどんだ。
「友達の家とか・・・、あ!すごい血がでてるさ!!大丈夫!?」
彼女の足を見て青ざめる。さっき転んだ時の傷が思ったよりひどかったようだ。
「俺の家近くだし、あがってって。手当てしたほうがいいさ。」
「え、ああ。じゃぁ、頼む。」
顔の割りにサバサバした口調の美人は、俺の提案を承諾してくれた。
「ちらかってるけど、適当に座ってさ。」
部屋に案内して救急箱を探す。たしか保護者であるじじいがどこかにしまっておいたはずだ。
普段は使わない引き出しを片っ端からあけていると後ろから声をかけられた。
「なぁ、オマエ名前なんていうんだ?」
「へ?オレ?俺はラビって言うんさー。君は、『神田ユウ』さんだよね?」
「なんで、名前知ってるんだ?」
「ごめん。さっき定期の名前見えたんさ。」
消毒液を発見して、ティッシュと一緒に神田ユウに手渡す。
「ユウちゃんって呼んでいい?」
そう聞くと、神田ユウは「慣れてない。」といってそっぽ向いた。
確かに初対面の人間を下の名前で呼ぶって、馴れ馴れしいよなぁと思って軽く後悔した。
傷の手当のために少しまくり上げられたスカートで傷口があらわになる。
傷口に目が行くよりも彼女の白い肌に思わずドキッとした。
「・・っつ。」
「あ、しみる??」
消毒液で思わず顔をしかめた彼女の表情に息をのんだ。
(何、興奮してんさ。中学生みたいさ・・・。)
彼女に釘付けだった視線をなんとか引き剥がしてキッチンへと向かう。
「ユ・・神田さん。おなか減ってない?何か飲むさ?」
「・・・・ユウでいいぞ。わりぃけど、なんか食いたい。」
「ほいさー。」
3分後、ズルズルという音が部屋の中に響く。
よっぽど、お腹が空いていたのかユウはだまだまと食べている。
カップ麺ができるまでの間に得た情報は、同じ年であること、日雇いのバイトで遅くなったこと、今日は財布を忘れてきたということだった。
「ユウって近くに友達の家とかあるの?」
「ない。コンビニで始発まで時間つぶす。」
「えー!!あぶないさ!!寒いし。ここでよかったら泊まってくといいさ。」
「悪いし、いい。」
「全然わるくないさ!!一人暮らしだし平気!!」
力強くユウを言いくるめ、空になったカップ麺の容器を捨てにキッチンへ戻った。
(絶対、朝までに携帯の番号聞きだすさー。)
そう誓って部屋に戻るとユウはお腹いっぱいになってホッとしたのか、静かに寝息を立てていた。
音を立てないように近寄って、毛布をそっとかける。
(肌すっごいキレイさー。マツゲも長いし・・・。)
カチコチと部屋の中で時計の音だけが響く。
フッと我に返るとキスしそうなくらいユウの顔が近くなっていて急いで身を引く。
時計を見るとかなり長い間ユウの顔を見つめていた様で苦笑する。
自分がこんなに面食いだったけ?と自問する。
(あの意思の強そうな瞳が、たまらんさ。)
パチッと目が覚めるとユウにかけてあった毛布が自分にかかっている。
あれ?昨日のって夢だったんかなーと思い部屋を見わたすとキッチンで水を飲んでるユウを見つけ、ホッとした。
「おはよーさ。」
「悪い、コップ勝手に借りたぞ。」
「全然いーさ。あ、コップおいといて。」
(むしろ、洗わないでほしいさ。もったいない・・・。)
危ない考えがチラリと頭をよぎり、急いで否定する。
もう帰るというユウに引き止めるうまい理由が思い浮かばず、駅まで送っていく。
駅までの道で、なんとか携帯の番号を聞き出さなければと頭をフル回転させる。
いつもは、簡単に女の子から聞き出しているのに、今日は全く言葉が出てこない。
そうこうしているうちに、駅についてしまい、じゃあ、といって彼女は、改札をくぐった。
通勤の人たちの間にまぎれていく彼女をガックリと見送った。
ふいに彼女がクルッと振り返りこっちに走ってきた。
「お前の携帯の番号教えてくれ。」
「へ?あ・・・・」
「世話になったから、今度礼をする。」
ユウの律儀さに感謝しながら、携帯のアドレスを交換した。
『神田ユウ』と表示された携帯の画面を見ながら、最終電車から始まった恋をうれしく思った。