笑った顔が好き
喜んだ顔が好き
お前が嬉しそうな顔をすると妙に嬉しくなる
また、喜ばせたくなる
また、あの顔を見たくなる
――――ただ、それ・・だけ・・・・・・?
「神田から、付き合えっていうのって珍しいー。」
隣の幼馴染は、かじかんだ手を温めるようにこすり合わせる。
さすがに、この寒空のした女子を自分の都合で連れ出すのは、心苦しかったが、今回ばかりは仕方がない。
神田は、カイロくらい幼馴染の為に持ってくれば良かった、と自分の気の効かなさにちょっと呆れた。
まぁ、でもこの幼馴染のリナリーだ、自分の朴念仁ぶりには慣れているだろう。
その分、その朴念仁が人気の洋菓子店の限定品を買いたいから、ついて来てくれと言った時は、それはそれは驚いただろう。
本来なら、北海道までいかないと買えない洋菓子の名店。
それが、今の時期だけ限定で近くのテパートに出店してるという。
今の時期――――そう、バレンタインデー。
並んでいるのも、女子ばかりで男子の姿が見えるのもカップル連ればかり・・・・。
だから、仕方なく幼馴染のリナリーに頭を下げて、一緒に来てもらった。
リナリー曰く、「あれは、人に物を頼む態度ではなかった!!」とのことだが。
数日前、チョコが有名な名店がバレンタイン限定で「チョコケーキ」を出すとTVで特集をしていた。
その時は、甘ったるそう・・・・・、という目でしか見てなかったが、隣に座っているクラスメイトのラビは、
「めっっちゃ、うまそうさー!」とヨダレを垂らしそうな勢いで見ていた。
そう言えば、その店のチョコを北海道に行く友達に毎回お土産に買ってきてくれと頼んでいたように思う。
俺にも食えるように、ハイビターとミルクチョコの二種類を・・・・。
それから、リナリーの買い物につき合わされて、デパートに来たとき、バレンタインフェアのチラシをもらった。
俺は女じゃねぇよ!!と若干イラッとしながら、チラシをクシャッと握りつぶそうとした時、見たことのあるケーキが目に入った。
今回のフェアの目玉商品らしく、一番目立つところに広告が出ている。
それを眺めていると、リナリーが覗き込んで歓声をあげた。
「あっ!!あのお店このデパートにも来るんだぁ。」
「これって、北海道の店のか?」
「そうだよ。神田が知ってるなんて、意外!バレンタイン限定でチョコケーキ出すって・・・・。」
あー、でも限定1日100個か、すぐに売り切れちゃうんだろうなー。と横でリナリーが呟いている。
デパートの洋菓子売り場の方を見れば、フェア前だというのに、バレンタイン用の商品が置いてあり女性達が群がっている。
すっげぇ、食べたいけど、北海道だしなーと赤毛がしょぼくれていた姿が目に浮かぶ。
あげたら、どれだけ喜ぶんだろ・・・・・。ふと、そんな事を思った。
リナリーに限定の「チョコケーキ」を買いにいきたいと言ったら、一瞬「信じられない」という顔をされたが、すぐに頷いてくれた。
だが、休日の朝7時に叩き起こされデパートへと連行されたが・・・・・。
「こんな朝早くから、並ぶ必要あんのか?まだ、デパート開いてないんだぞ。」
「開店してから、だったら売り切れだよ!?1日100個しか売られてないんだから!」
リナリーが怒ったように口を尖らす。
100個って結構、数に余裕あんじゃねぇか。と思ってたら、一瞬で売り切れる量らしい。
しかも、定番商品ですら、いつも昼過ぎには売り切れてるとか・・・・。
そんなすぐに売り切れるなんて、やる気ねぇんじゃねぇの?と心の中で思ったが、口には出さないでいた。
開店二時間前だと言うのに、長蛇の列をなしている女性陣を敵に回したくなくて・・・・・・。
バレンタイン前日。
神田は大量の手作りチョコと包装紙の山に囲まれていた。
リナリーが夜に「家まで来て。」というから、なんだと思ったら、明日渡すお菓子のラッピングが間に合わないらしい。
甘い匂いに胸焼けしそうになりながら、一応デパートに一緒に並んでもらった礼だ、と言い聞かせて不器用ながら、リボン結びを作る。
「お前、こんなに配ったら、コムイが泣くんじゃねぇのか?」
「ほとんど、男の子に渡すんじゃないよ。女の子同士で交換するの。」
あと、兄さんの研究室にも配るけど。とニッコリ笑う。
妹を溺愛しているコムイの事だから、例え義理でもリナリーが男子にチョコを渡そう物なら、発狂しそうだ。
研究室の奴らは、まぁ、お茶菓子として、上手く配るんだろうけど。
手元の包装紙に苦戦しているとリナリーから、声をかけられる。
「神田は、明日渡すんでしょ?」
ふと、顔を上げるとリナリーの真っ直ぐな視線にぶつかる。
「チョコケーキ。ラビの為に買ったんでしょ?」
先日デパートで二時間以上待った限定のチョコケーキは無事に買えた。
ほんとは、礼にリナリーにも買ってやろうと思ったのだが、チョコケーキは一人1個までだったので、定番商品の方を買ったのだ。
その場で、渡したらリナリーはすっげぇ喜んでくれた。
その帰り、たまたまCDショップの前を通ったら、ラビがすっげぇ好きなアーティストのシングルが発売されていた。
ラビは、買ってないハズだから、欲しがってるだろうな・・・・・。
そんな事を考えていると、いつの間にか、CDも買っていた。
家に帰って、ラビにCDとチョコケーキをいつ渡すかな・・・・と考えていると、別に誕生日でもなんでもないのに、こんなプレゼントするっておかしくねぇか?という考えが首をもたげる。
そんな事を思っていると、なかなか渡せなくて、いつのまにかバレンタイン前日になっていた。
ラビに渡すなんて、リナリーには、一言も言ってなかったのに、完全に自分の行動を読まれている。
「なんで、ラビに渡すって分かったんだ?」
「だってラビ、そのお店のチョコ好きでしょ?神田が自分の為に買うわけないし・・・・。」
相変わらずニコッと笑ってそれぐらい付き合い長いから分かるよ、と言われる。
リナリーから、視線をそらして手元のラッピングに集中する。
「でも、明日って微妙だろ?だから、2、3日ズラして渡す。」
「なんで、明日だったら、微妙なのっ!?」
顔を見てないが、幼馴染がちょっと怒ったように言ってくるのが分かる。
別に、いいんだが、さっきからリナリーの手が止まっているのが気になる。
俺ひとりだったら、いつまで経ってもコレ終わんねぇぞ。
「そりゃ、お前ら女子はチョコ交換してるかもしれねぇが、男が男にバレンタインにチョコやるって変だろ。」
「変じゃないよ!」
「そういや、お前もチョコケーキ買ってたじゃねぇか。誰に渡すんだ?」
話題を変えたくて、リナリーにも質問をぶつける。
甘いもの好きのリナリーだから、自分の為に買っていたのだろうが。
「私は、兄さんにあげるの。一緒に食べるんだけど。兄さんもあのお店好きだから、喜ぶかなって。
兄さんが喜んでくれると私も嬉しいし。たくさん喜ばせたいの。そういう風に思う人って特別な人なんじゃないかな。」
「・・・・・。」
「ラビも、明日あげた方がもっと喜ぶと思うけど。」
なんとなく、リナリーの言いたい事が分かって、それからは何も考えないように無心に手を動かした。
ラビの家の前でもう一度踏みとどまる。
昨日、リナリーに言われた言葉を思い出す。
ラビが喜んだらいいな・・・・、とは思うけどそれってラビが好きって事とは違うと思う。
しかも、ラビも俺からバレンタインにチョコをもらって喜ぶなんて、絶対ないと思う。
リナリーはちょっとロマンチスト過ぎるトコがあるから、あんな風に思ったんだろう。
俺がラビを喜ばせたいと思うのだって、きっと普段世話になってるから、無意識に礼がしたいんだと思う。
だけど、バレンタインの今日ラビの家に来たのは、変に意識してるって思いたくないから。
アポ無しで来て、ラビが留守だったら、リナリーも納得するだろう。
「居るな、居るな、居るな・・・。」と思いながら、人の家のチャイムを鳴らしたのは初めてかもしれない。
ピンポーンとのんびりしたチャイム音が鳴り響いて、しばらく静寂がつつむ。
二回目は押すつもりがなかった。
クルリと踵を返して、帰ろうとすると、後ろから、ドタドタを鈍い音がする。
「はいはい、はいさー!!いますさー!!」
首に大きなヘッドホンをつけて、慌てたようにドアを開けたラビと目が合った。
ラビは俺を見ると目を丸くする。
「ユウ、どしたんさ?急に。上がってさ!!」
「チッ。」
悔し紛れに舌打ちをすると、「へっ?なんで怒るんさー?」というラビの声が追いかけてくる。
ラビの部屋に行くと相変わらず足の踏み場もないほどに散らかっていたが、今日は本や書類にプラスして、色とりどりの包装紙が部屋を飾っている。
そして、漂うチョコの匂い。
しょうがなく、唯一座れそうなベットに腰を下ろして、チョコケーキとCDの入った紙袋を後ろに置く。
このままこっそり置いて帰ってやろうかと思ったが、記憶力のいいラビの事だから、この大量のプレゼントも誰からもらったかキッチリ暗記しているハズ。
正体不明のプレゼントがあったら、俺が置いていったってばれそうだ。
大人しく部屋で待っていると、ラビがお盆にカップを載せて、やってくる。
「なぁなぁ!ユウ、見てさー!このチョコケーキ北海道のあのお店の限定のやつなんさ!!」
一口だけでも、食べてみないさ?めっちゃ上手いんさー!と興奮気味に言ってくる。
ラビが持ってきた、お盆の上には、こないだ広告で散々見たチョコケーキが半分に切り分けられた状態で載っている。
ウッと顔が引きつるがラビは気にせずしゃべり続ける。
「オレがさー、このお店のチョコ好きって知ってた子が買ってきてくれたんさ!今日、バレンタインデーだからって。」
あーもー、食べられないってあきらめてたのに、ホント良かったさー、とラビの顔はキラキラと輝いている。
せっかく並んだのに、かぶってたのかよと眉間に皺がよる。
そういや・・・、手当たりしだい北海道行く奴に土産頼んでたから、ラビがこの店好きなの有名なのかもな。
ほんとは、あのキラキラした笑顔が自分に向けられたハズなのに、と思うとなんかムカつく・・・。
「しかもねー、しかもねー。オレの好きなバンドのアルバムくれた子もいんの!!買おうか悩んでたから、ほんと嬉しいさ!!」
ホラ、と言って、首にかけてたヘッドホンを被せられる。
そこから、流れてくる音楽は、まさに自分がラビの為に買ったCDと同じもの・・・。
っつか、シングルだけじゃなくて、アルバムも出てたのかよ・・・。
アルバムをプレゼントするなんて最近の学生金もってんな。
なんか、もうそれ以上聞きたくなくて、ヘッドホンをラビに突っ返して、ベットから立ち上がる。
何故か、泣きそうなくらいムカついて下唇を噛み締める。
しゃべったら、自分でも信じられないけど、涙が出そうで、出来るだけ短い言葉で腹に力を込めてしゃべる。
「コレ、やる。」
紙袋をラビに押し付けて、そのまま部屋から出て行った。
なんで?なんで?こんなにムカつくんだ?
別に、ラビが悪いわけでもない。
ラビに自分と同じプレゼントを渡した女の子が悪いわけでもない。
なのに、なのになんでこんなに泣きそうなんだ・・・・?
ああ、そっか・・・。ラビの喜んだ顔が他の女の子に向けられたのが悔しいんだ。
ラビを独占したいのか?ラビの事が好きなのか・・・・?
昨日リナリーに言われた事も手伝って、グルグルとそんな事が頭をめぐる。
それ以上考えたくなくて、早くラビの家の玄関を出ようとすると、開きかけていたドアをバタンッと後ろから、閉められた。
ハァハァと後ろから、ラビの荒い息遣いが聞こえてくる。
「・・・・・ナニ?これ?」
「・・・・・お前が食いたいって言ってたから、買ってきた。」
「何で、今日渡すの・・・・?」
顔の横に伸びて扉を押さえてるラビの手がちょっと震えている。
声もさっきとは、打って変わって静かになっている。
何でって聞かれて、口ごもる。
リナリーとしゃべってたら、別に今日渡してもいいんじゃないか、という気になっていたがやっぱり普通に考えれば変だった。
「何で今日なんさ?って聞いてるんさっ!?」
後ろのラビが声を荒げて思わずビクッとなる。
なんで、怒るんだ?
他の女の子が同じものプレゼントしたら、あんなに喜んでたのに、俺が渡したら、怒るような事なのか?
「別にいいだろ!お前には世話になってるし、その・・・・お前が食いたいって言ってたし・・・・。」
負けずに、怒鳴り返してやろうって思ったが、しゃべってる内にドンドン言葉が小さくなっていく。
プレゼントなんて、渡さなきゃよかった。
ラビが喜ぶどころか、怒るなんて。
明日から、前みたいに笑いかけてくれるんだろうか?
「今日って、バレンタインなんさ?」
「・・・・・知ってる。」
「じゃあ、なんで今日わざわざ渡すんさ?」
今、後ろを振り返って怒ってるラビの顔を見たら、絶対泣いてしまいそうで。
ラビに泣かされるなんて、一生の恥だし・・・・。
グッと堪えて言葉を搾り出す。
「・・・・かった。」
「へ?」
「悪かったよ。お前がそんなに怒るとは思わなくてっ・・・・。」
言い終わると同時くらいに、ラビの腕が首に巻きつく。
一瞬何をされるのか分からなかったが、ギュッと力を込められてラビに後ろから抱きしめられる形になる。
「だって、だって・・・・、バレンタインにこんな事されたら、期待しちゃうさ。」
「・・・・はっ?」
「ユウは、オレの事好き?」
グルッと回転させられて、ラビの方へ振り向かせられる。
そのまま肩にラビが顔をうずめて、すぐに顔が見えなくなる。
一瞬、見えたラビの顔は泣きそうな顔だった。
「あ・・・・・、喜ばせたいとか、思う。」
「キスとかしたい、とかって思う?」
「えっ・・・・それは、思った事ねぇ。」
肩でピクッとラビが震えるのが分かる。
もしかして、泣いてるんじゃねぇのかと心配になる。
おい、と声をかけてポンポンッと背中をたたくとラビがようやく顔を上げる。
その顔は、やっぱり泣くのをすっげぇ我慢してる顔で・・・・。
「オレがキスさしてくれたら、すっげぇ嬉しいって言ったら、ユウはどうするんさ?」
さっきまで考えていた事と、今ラビに言われた事が頭をグルグルまわって、オーバーヒートしそうだ。
ラビの顔を見るとしばらくした後、気まずそうに視線をそらされ唇は「ゴメンさ。」と動いた。
なんか、謝られるのはムカついて、その唇を塞いでやった。・・・・唇で。
すこし伸び上がって触れていた唇は、案外柔らかいんだなと思って、離すと目の前のラビはポカンとした顔で。
「別に、喜ばねぇじゃねぇか。」
と文句を言ってみれば次の瞬間抱きしめられて、振ってくる「好き。」という言葉の嵐。
リナリーにチョコをやった時喜んでくれたけど、お前が喜ぶ時ほど嬉しくなかったんだ。
それは、お前が俺にとって、特別だから。
笑った顔が好き
喜んだ顔が好き
でも、たまには、俺の為に必死になっているお前の顔も悪くない。
後から知ったけど、お前が喜んだ顔すんのって、大抵俺が喜んでる時なんだってな。
Happy Valentine's Day!
「ユウー!もう一回チューしたいさ!!」
「調子のんなっ!」
「イタッ!ひどいさ!もう一回チューしてくれたらすっごい嬉しいのにさ・・・・。」
「・・・・・・。」
2万HITありがとうございます!!遅すぎ・・・遅すぎですけど、バレンタインのお話で・・・・。
一言メッセージで甘い話と学パロ希望が多かったので、こんな話にしてみました。
甘いってチョコの話してるだけだろうがよっ!とのツッコミ等は拍手やメールでお気軽に♪
読んでいただいて、ありがとうございます。また、どうぞ御ひいきに。