重い格子戸を開けて、大きく息を吸い込めば、朝方の澄んだ空気が肺いっぱいに満たされる。
秋ともなれば、朝方・・・・といっても、神田の朝は早く、まだ外は太陽すら昇っていないころは、ずいぶんと空気が冷たい。
冷たい空気で、起きたばかりの頭がシャンとする。
庭に降り立ち、植物に水をやるため、水がめの方へと歩を進めた。
桶に水をなみなみとつぎ、なにげなく自分が今出てきた建物のほうへと目をやる。
見上げた道場付の日本家屋は一人で住むには十分過ぎるほど広く、すぐ後ろには色づいた山々が控える。
村の子供たちが好き好きに植えた花々は、もうすぐ訪れる厳しい冬を前に最後の色化粧を始めていた。
ひしゃくで水を撒いていると、いつの間にか静かに顔を出した太陽の光にキラキラと水滴が反射した。
「あっ!赤トンボー!!」
「今日は、絶対負けないからな!!」
「正一、それ毎日言ってるー!」
「うるさいっ!」
ガヤガヤと静かだった家の周りが俄かに騒がしくなる。
10人前後の子供たちが口々に好きなことをしゃべりながら、家の方へ近づいてくる。
それを神田は、部屋の中から聞いていた。
やがて、庭に面した縁側の方から、「おはようございまーす!!」という大合唱が聞こえる。
さっと浴衣の袂を直し、縁側の方へ、歩を進める。
神田が縁側についた頃には、庭には無数の草履が脱ぎ散らかしてあり、子供たちの声は、和室の中から、聞こえる。
「お前ら、ちゃんと玄関から入って来いっていってるだろうが!」
障子を開けると共に、挨拶代わりの罵声を飛ばす。
並べられた、寺子屋机の前に座った子供たちが一斉に「だってー、遠回りなんだもん。」と口を尖らせる。
神田は肩を竦め、「草履そろえてない奴、そろえて来い。」と言い放って、教壇の前に腰を下ろす。
一番前に座っている子供たちの中で、優等生のキヨがランランを目を輝かせて、こちらを見る。
「先生。今日は何をするんですか?」
「あー、そうだな。」
部屋の隅に置かれた教材をチラリと目をやる。
前ここで、師をしていた者が置いていったらしいが、かなりの量があり、そのほとんどが埃をかぶっている。
「今日は、習字。」
「えー!またですかぁ?」
活発な子供たちが抗議の声を上げる。
習字は神田からしてみれば、字を教えるだけで楽なのだが、子供たちは、長時間墨をすらなければいけないのが苦痛らしい。
墨をする間に精神を統一しろ、と何度教えても、遊びたい盛りの子供たちは、すぐに墨をこぼしたり戦場に変わる。
「じゃぁ、何がやりたいんだ?」
「算術がいいです!!」
「エーッ!!」
神田が顔をウッとしかめたのと同時に、後ろの方に座っている男子たちからも抗議の声が上がる。
「算術なんぞ家で教えてもらえ。」と適当にあしらっていると、快活なキヨはいたずらっぽそうに目を丸める。
それが、ずいぶん昔に自分をよく諌めていた幼馴染の少女を思い出させた。
結局、午前の授業は英語を教えて、子供たちを一旦昼飯を食べに帰した。
あと、半刻もすれば子供たちがまた帰ってくるだろう。
縁側に腰を下ろし、皿に盛った握り飯を横に置く。
そして、子供たちが作った授業日誌に目を通す。ずぼらな自分に代わって、何を教えたかを記録してくれているのは、ありがたい。
当番を決めて、書いているのだが、年端のいかない子供たちの番の時は、キヨが補足を書き足している。
几帳面な字を追っていると、家の前の坂道を駆け上がる足音が聞こえる。
迷いなく庭に入ってくる足音を聞いて、子供たちが忘れ物をしたのかと思って顔を上げると何か思い詰めたような顔のキヨがいた。
「どうした?忘れ物か?」
「・・・・・先生。先生の下の名前って、ユウって言うの?」
もう何年も聞くことのなかった響きに、複雑な思いが湧き上がってきそうなのを押し殺し、平然と答える。
「いや・・・・・、違うが。どうしたんだ?」
キヨの瞳は、かつての幼馴染の少女と同じ黒に近い茶色の色で、その色は今、心配そうな光を放っていた。
やがて、神田から視線を外し、土で汚れた自分の草履に視線を移す。
「さっきね。先生またおにぎりだけだろうから、野菜持ってきてあげようと思って、ここにくる途中で、変な人にあったの。」
変な人との言葉に自然と眉を寄せる。
こんな山奥の村では、知り合いでない人に会うほうが珍しく、恐らく余所者のことだろう。
あまり、聞いたことはないが、人身売買の人攫いという可能性も無くはない。
「どんなやつだ?」
一応、見てくるかと思い、腰をあげる。物騒だが、木刀を取りに道場の方へ向かう。
「なんか・・・、笠を深くかぶってたから、顔はよくわかんなかったけど・・・・。
・・・・異人さんっぽかった。」
キヨは、道場に向かう神田の後を追いかけながら、口ごもるように言う。
鎖国を解いたとは言え、日本で外人を見かけるのは、港町が多く、ましてやこんな山奥の村には外人を見た奴の方が少ないハズだ。
当然、村に外人が来たというのは、聞いたことが無い。
「白人か??」
「・・・・肌の色はよく分かんなかったけど、笠の間から、髪が見えてそれが赤色だったの。」
赤い髪・・・・・・・。
キヨの言葉に神田の足はピタリと止まる。
心臓が大きく跳ね、冷や汗が出たのは気のせいだろうか?
そんな神田に気づかずキヨは言葉を続ける。
「顔には、眼帯?みたいなのしてて、目の色は緑・・・っぽかった。
それで・・・・、英語で『ユウってこの村にいる?』って。」
この村で英語を話せるのは神田しかいない。それで、勘の良いキヨは自分の事だと気づいたのだろう。
まずいな・・・・。『先生』と村の人から呼ばれているが、実際の名前は神田だと大人なら知っている。
さずがにユウとまでは知らないだろうが。
村に流れ着いた時、まさかこんなに長居するとは思わず、適当な名前も浮かばなかった為、本名を名乗ってしまった。
多分、他人を拒む風習のある村であるから、異人をそんなに容易には受け入れないだろうが。
いずれにせよ、穏やかだった生活に少なからず波風が立ちそうだとため息がでた。
「おい、キヨ。お前、飯食ったのか?」
かぶりを振るキヨに、縁側に置いてあった握り飯を取ってき、持たせる。
心配そうに口を尖らすキヨの頭をポンポンとなでる。
「もう、家に帰って飯食う時間ないだろうから、コレ食っとけ。一応、家の近く見てくるから。」
少し不満そうにしていたキヨだったが、おとなしく縁側に腰をかけ、握り飯に小さな口をつける。
それを見届けると、木刀を片手に家を出た。
「・・・・という訳だから、知らない人について行くなよ。」
結局、キヨの言っていた人物は見つからずに、午後の授業を再開した。
キヨが村長に言ったらしく、村の大人たちに一瞬で知れわたったようだ。
まぁ、小さい村だから、当然だ。
遅くまで、授業を続けるわけにもいかず、少し早めに切り上げて子供たちを送っていくことにする。
午後は、剣術の授業だから、切り上げられて子供たちは不満そうだ。
「先生ー!!今日は、剣の稽古短かったんだから、明日は、1日剣の稽古にしてよ?」
「えー!だめだよー!!お父さんが町から英語の本買ってきてくれたんだから、明日はその続き皆で読むのー!」
神田としては、机に噛り付いての勉強は子供たち以上に苦手だから、1日実技だとありがたい。
でも、子供たちの手前そんなことは億尾にも出さずに適当に相槌を打つ。
平穏な明日を迎えられるのか、一抹の不安を抱きながら。
家に戻る頃には、すっかり暗くなっていた。
草履をきちんとそろえると火をくべることよりも先に、一番奥の部屋に行く。
あまり日の差さないその部屋は、かつてのロンドンの部屋を思い出させた。
部屋の隅に置かれた木箱の蓋を開けると、丁寧に布でくるまれたかつての盟友を取り出す。
「・・・・・どう、計り間違えたんだろうな?・・・・六幻。」
以前に、人造人間である俺に、命の残量を計り間違えるなといった男がいた。
聖戦から、10年。
いや、自分の目的を成し遂げてから、10年。
どう、計り間違えたのか自分は、まだこうやって生きている。
鈍く光る盟友は答えを出さないまま。
懐かしくそして、苦く胸を焦がすような気配を玄関の方に感じ、もれたのは、ため息なのか、吐息なのか・・・・・。
「ごめんね、ラビ。神田に任務入っちゃって。」
自分の兄が命じたのを自分のせいのように謝る少女が言った。
見送りはいいって、言ったのに、地下水路には科学班やら、ファインダーやらが来てくれている。
「しょうがないさ。アクマ出現!!任務発生!!だったら、ユウは飛んでいくさ。」
千年伯爵との決着がついた。
が、ばら撒かれたアクマの残党やブローカーの処罰などで、任務は多い。
教団側も相当の痛手を負ったから、かなりの人員不足なのだ。
それでも、ブックマンとラビが旅立つと言った時、皆笑顔で送り出してくれた。
自分たちの立場を理解してくれるという感謝の気持ちがある反面、心のどっかでは、皆、いつか自分がいなくなるって意識してたのかな?って思って寂しくもある。
昨日は、盛大な送別会を開いてくれた。
いつも、逃げるように身を移してきた者だから、送り出されるというのは、なんだかこそばゆいものでもあった。
「もう、まだ乾杯もしてなかったのに、神田ったら、飛び出していって・・・。」
少し、ふくれっ面でいうリナリーは、自分の変わりに神田に対しての不満を言ってくれてるようだった。
送別会は、任務明けの神田も顔を出していた。
しかし、始まるやいなや、アクマの報告が入った途端、グラスを置き駆け出していった。
一人、パーティーなのに、団服で六幻を帯刀してるところが、さすがというかなんというか。
ラビと神田が恋人であることは、皆の暗黙の了解であった為、さすがに皆慌てた。
いつもの任務のように、資料を受け取り、簡潔な説明を聞き、出発しようとする神田に口々に団員は自分が変わると言い合う。
皆、口には出さなかったが、ラビともう2度と会えないかもしれないのだから、最後くらい一緒にいてやれ、という願いをこめて。
そんな彼らに対して、神田の言い放った言葉は・・・・。
『お前らなんかに、任せてられるか。』
それでも、言葉を濁しながら食い下がるリナリーたちに言い放ったのは一言。
『今更、2、3時間ラビと会うのが長くなったからと言って何が変わるって言うんだ。』
さすがに、この発言に団員たちは呆然とした。
神田の暴言に慣れてきたアレンですら、二の句がつげられなかったのだから・・・・。
憮然として船に乗り込む神田に声をかけたのは、ラビだった。
『いってらっしゃい、ユウ。気をつけてね。』
『ああ、お前もな。』
それは、何回も繰り返した任務であるかのように・・・・・。
お互い、いつもの任務にでるかのようで・・・・。
2人の間に、特別な言葉は何もなかった。
まさか、ユウが今生の別れと言っても湿っぽい別れ方をするとは、到底思えなかったが、それでも、昨日のユウは衝撃的だった。
いつも、周りの人間を置いていってしまうブックマンにとって、初めて自分が置いていかれたように感じて、なんとも言えない寂しさが残る。
取り繕うように、リナリーに笑いかける。
「それにしても、昨日は、ユウらしかったさー!!」
「神田ってば、もう・・・・。」
ほんとは、ちょっと何か特別な別れを期待してたんだけど。
安っぽい言葉かもしれないけど、初めて本気で『愛した人』だったのだから。
ほんとは、一緒に連れて行きたい・・・・。
そうできるほど、シンプルな考えはできなかった。
いつもシンプル過ぎる考えしか持たない相手に、ユウに、少しだけ期待していた。
だが、現実は、あっさりと自分とユウの間を終わらせた。
「自分が思うほど、愛されてなかったんかなー!」
自分の発したあまりに弱気な発言に自分でも驚く。
ハッとしたリナリーに慌てて手を振る。
「今のは、冗談!!冗談さ!!」
先に船で待つブックマンに聞こえないように願うばかりだ。
へラッと笑うラビにリナリーは苦笑する。
「正直に、弱音を言ったら良かったのに・・・・。」
「最後に、そんなカッコ悪いところは見せられないさ!それにしても、ユウは、弱音なんて、一生言わなさそうさね。」
思い出される恋人の言葉はどれも男前なものばっかり。
どんなピンチに立たされても、疲れても、しれっと乗り越える彼を何度見たことだろう。
精神的にボロボロになってる仲間の中で、彼はいつもまっすぐに背筋をのばして立っていた。
そろそろ船に乗り込むか、と思っているとリナリーが口を開いた。
「神田ね、一回だけ、弱音・・・・もらしたことあるよ。」
ギシ、と船に乗り込むとブックマンが「出すぞ。」と声をかける。
「ああ。」と低くうなづいて、顔を伏せるラビにブックマンはため息をつく。
「どうしたんじゃ。小僧。」
「・・・・っなんでも、ないさ、ジジィ。それより早く次の名前くれさ。」
歯を食いしばって、必死で声をつなぐ。
脳裏に過ぎるのは、捨てるハズの愛しい愛しいあの人。
「ユウが弱音なんて、めっずらしぃ〜さ!!子供のとき?」
「ううん。ラビが教団に来てからだと思う。あたし、よく怖い夢見てたんだ・・・・。」
「怖い夢・・・?」
「うん・・・・。世界が終わる・・・・夢。」
あの時は、希望なんてまったく見えなくて、よく覚えているのは、教団にきたばっかりの頃は、リナリーがよく泣いていたこと。
泣いているリナリーを神田が慰めている光景なんて、想像できなくて、頭をひねる。
「世界は、私にとって仲間だったから、みんながいなくなるんじゃないかって怖くて怖くてしかたなかった。
自分が死ぬのは、イヤだけど、置いていかれるのは、もっと怖いって思ってた。」
「そう・・・・だったんさ。」
仲間を誰よりも大事に思うリナリーだから、どれだけツライ状況だったんだろう。
自分を仲間だって言い切れない事に何回も歯痒さを感じてた。
「夜よく泣いてたんだけど、いつか神田が聞いてきたの。何で泣いてるんだって。」
「ユウがねー。」
「世界が終わる、皆が消えちゃうのが怖いって言ったら、神田はすごい難しそうな顔して、寝るまでずっと傍にいてくれたの。」
「めっちゃ以外さー!!」
ラビが目を丸くしているのを見て、リナリーは小さく笑った。
「それで、任務に行くときね。見送りに行ったら神田が小さく呟いたの。『お前の世界を守ってやるなんて約束はできねぇ。』って。」
「ユウらしいさ。」
「その後ね、『でも、俺が死なない事で、お前の世界を少しでも守れてるのか?』って聞いてくれた。
もちろんだよ。って言ったら『俺はまだ絶対死なないから。』って約束してくれたの。」
あの質問した時、初めて、神田の不安そうな顔見たんだとリナリーは言う。
「・・・・っ。」
ユウだって、オレと同じようにリナリーやアレン達教団とは違う目的があった。
決して、仲間だから一緒にがんばろうとは言えなかった。
仲間を突き放してばっかだったのに・・・・。
それでも、守りたかった。リナリーに「お前の世界を守れているのか?」なんてらしくない弱音を吐かすほどに。
ユウだって、仲間だって言えないジレンマがあったなんて。
いつだって、任務に真っ先に出ていたのは、リナリー達ができるだけ任務に行く回数が少なくてすむように。
ユウの目的を成し遂げた後なんて、もう戦う理由なんてないのに、一番に任務に行く。
今回の任務だって、お互いが縋り付かないように、ブックマンとしてキチンと教団を去れるように距離をおいたんか?
不器用ながらも、まっすぐにオレらを大事にしてくれてたんか?
オレが思っているよりもずっとずっと仲間の事を大事に思ってくれていた?
今まで、気づきにくかったけど・・・・。
たしかに、たしかに、愛してくれていた。
そんな事が今更、思い出されるなんて・・・・。
「わっかりにくいんだよ・・・。あのバカ!」
暗い水路を船は進む。ブックマンは煙管に火をつけ吸い込む。
「なぁ、ジジィ。この水路抜けるまで、オレのこと見ないフリしててくんね?」
「フン。未熟者が。」
唇を思いっきり噛み締め、爪が食い込むほど拳を握り締める。
ブックマンだから、心は持たないから・・・・。
・・・・・でも、この水路を抜けるまで、ラビとして、ユウの事を想わせて・・・・・。
「ユウってこの村にいる?」
少女に聞いてから、しまった!と思った。
つい、いつもの癖で英語で聞いてしまったからだ。
日本語で言い直そうとすると、少女は警戒した顔でこっちを見上げ大きく頭を振った。
そして、逃げるように、山のふもとの民家へと走って行った。
「フーン。あそこさねー♪」
笠を上げて、家を確認すると自然と口角があがる。
「さて、と。」
大騒ぎにならないように、村の人に見つからないように、身を潜めて数時間。
すっかり暗くなったところで、さっきの家の玄関に足を踏み入れる。
家の中は真っ暗だが、たしかにユウの気配はする。
そろそろと足を進めるとゴンッとしたたかに足の指をぶつけ、うっと低く呻く。
「不法侵入とは、いい度胸だな。」
懐かしい声と共に、行灯であたりを照らされる。
10年振りの再会だというのに、教団のユウの部屋に入った時と同じ反応。
「超ー!!久しぶりさ!ユウー!」
「人違いだ。」
間髪入れずに、返されるユウの言葉。
だんだんと行灯が近づいてきて、お互いの顔がはっきり見れるようになった。
もう30歳に近いのだから、そろそろオッサンくさくなってるかと思えば、ユウは相変わらず整った顔立ちで。
浴衣を着ているから余計に中性的な魅力を感じさせた。
「うーん!相変わらずビックリするくらいつれないさねー!!」
ぶつけた足の小指をかばうように、ケンケンとユウに近づく。
笠を取り、ピースとユウの前にVサインを掲げると同時に眉間の皺が深くなった。
「こんな山奥の村に異人が来るなんて、大騒ぎになってるぞ。」
「てかさー、ユウ。こんな山奥でそんな流暢に英語使える人いないよ?」
今、オレ英語でしゃべってるしさー♪と言うと、チッと懐かしい舌打ちが聞こえ顔を背けられる。
観念したのか、オレに背を向けて、和室にあがり、灯りをつけている。
フワッとやわらかい光がともり、和室全体が明るくなる。
ふすまを閉めてない事から、上がってもいいということなのか・・・・。
和室に上がる前に忘れないように、靴を脱ぎ、ユウの草履の横にそろえる。
「10年ぶりさね・・・・。」
「・・・・・・。」
「ジジィは引退してさ、オレが今、ブックマンやってんの。」
どう対応するか、まだ迷っているのか、ユウはだまったままだ。
オレがペラペラと日本に来た経路や最近の近況を話す。
部屋の真ん中の囲炉裏に火をくべていたユウだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「・・・・それで、今はエクソシストの残党狩りでもやっているのか?ブックマン。」
まるで、他人事のようにユウは静かに言う。
「んー。ブックマンの仕事とは、今はちょい関係なくて。ユウ限定でスカウトに来たんさ。」
訝しげな顔でユウは顔を上げる。
ユウの瞳には、灯りに照らされたオレの姿が映っていて、再開してはじめてオレの目を見てくれた。
以前の鋭い眼光は少し緩んでいるように感じるのは、部屋の明かりのせいだろうか?
「オレと一緒に来て欲しいんさ。」
「なんでだ?」
「一緒にいたいから。」
10年前なら、絶対に口に出来なかった言葉を口にした。
アレだけ、重く心の中に沈んでいたのに、いざ口にしてみるとあんまりにも軽く、口から出て行く。
ユウは、俯いて表情が見えない。
「意味がわからねぇ。お前、ブックマンだろ・・・・。」
「うん。ブックマンの仕事は何があっても譲れないさ。」
「だったら、何を・・・・
「・・・・でも、隣にはユウがいてほしい。」
向かいあって座っていたのをユウと膝と膝が擦れ合うくらい近づく。
ユウの呼吸する音が聞こえるくらい静寂がつつみ、初めてユウに告白した状況を思い出す。
あの時も、沈黙の中ドキドキしながら答えを待った。
ただ、あの時と違うのは、今回は譲る気はないってことだけ。
「お前知ってるだろうけど、俺いつまで持つかわかんねぇんだぞ・・・・。」
「そんなん、オレだって一緒さ。」
「でも、あの時に死んでたっておかしくなかったんだぞ。」
「そんな事言ってる方が、割と長生きするんさ。憎まれっ子世にはばかるって言うじゃん!案外ユウの方が、長生きするかもよ?」
ちゃかすように、言うとユウがやっと顔を上げてくれた。
その瞳は不安そうに、揺れていて、やっと初めてユウの弱音が聞けた。
震えるユウの肩に手を置き、背中をポンポンと撫でる。
「っていうか、ブックマンの掟とか色々あんだろ!ジイさんが聞いたら、卒倒するぞ。」
「あはは、ジジィにゃとび蹴りくらうかもね・・・・。」
「とび蹴りですむか!ほんとっ、よく考えろ。」
ユウは低い声で言って、オレの手を払いのける。
いつか、仲間を拒んだように、オレの手を拒み立ち上がろうとする。
そのユウの細い腕をつかんで、グラッとバランスを崩したユウを腕の中に閉じ込める。
後ろから抱きしめ、ユウの耳に口を寄せる。
「ユウ・・・・。オレ、よく考えた。10年考えたんさ!」
ほんとはもっと感情的になりたいのをずっとここまで我慢してきた。
ずっとずっと褪せることのなかった焦がれる想いを次の一言に込め、震えながら伝える。
「だから・・・、だから、ユウの残りの時間をオレにちょうだい?」
「明日の朝、返事ちょうだい。」そう言って、答えを聞かぬまま朝を迎えた。
正直、全然眠れる気配がしなかったが、それでも明け方はうとうとしたらしい。
目がハッキリ覚めると、庭の方から、水の撒く音が聞こえる。
ユウは、相変わらず朝が早いさー!と感心しながら、格子戸に手をかける。
その手が若干、震えている事に苦笑しながら・・・・。
(つーか、オレ昨日一世一代の告白なのに、愛してるとか好きとか言わんかったさ・・・・。)
10年間思い描いていた筈なのに、愛してるなんか当たり前すぎて、そんな言葉では表せない気がして。
ただ、一緒にいたい、それだけは伝わったかな・・・・と思って、格子戸を勢いよく開ける。
「さっみぃ〜〜〜〜!」
「朝から、騒がしいな・・・・。」
柄杓を持ったユウが苦笑しながら、こっちに歩いてくる。
昨日は全然気づかなかったが、庭の花々は見事なものだ。
「はぁー、花もきれいだけど、紅葉も見事さねー!オレ、こんな迫力あるの初めて見たさ!!」
目の前に色づく山々に目を見張り、胸いっぱいに冷たい空気を入れる。
これから聞くユウの答えを静かに受け止める為に。
目を瞑って、朝の空気を感じているとユウの呟くような声が聞こえる。
「何の因果か、日本に来ちまった。故郷とか行っても、来た事ねぇのに・・・。」
「一回、江戸に来たさ。」
「まったく、イヤな国だ。年に一回、必ず紅葉しやがるし・・・・。」
「キレイじゃんさー!」
「こんなに、紅くなりやがって・・・・、お前の色を必ず思い出させやがるし。夕方になりゃ夕焼けしやがるし・・・。」
10年間ずっと、嫌でも思い出させやがるとブチブチとユウは怒っている。
夕焼けはどの国でも見れちゃうさよ?と笑いながら、キレイに色づいたモミジをかんざしの様にユウの髪に飾る。
「・・・・紅葉は毎年見れないかもしれないけど、隣に紅い色は必ず見えるようにするし・・・・。
だから、・・・・だからユウ、オレと一緒に来て・・・・?」
震えるようにさし出したその手を・・・・・・・・。
確かに、確かに愛してる・・・・・・・。
Surely I love you.
537464の加藤ナモ様から相互のお礼にリクしてくれよ〜と無理やりリクをもらいました!
「ラビユウで、秋にちなんだせつないお話」
というリクだったのですが、見事に外しました。
そして、秋にリクをもらったのに、冬になってしまったというダメ野郎・・・・。
頼まれてもないのに、何10年後パロにしてやがんだっ!!というお叱りを受け付けます。
ほんとに、ごめんなさい。でも、書いてて楽しかったです。
いつか、リベンジしたいです。
ユウたんの答えは皆様に想像していただけたら、嬉しいです。