タイプ
「何それ、エロ本さ??」
「ぅわぁぁぁぁああああ!!」
静かな談話室に珍しい大声が響き渡ったのは、日差しもキツイ夏の午後。
窓からは、まぶしいほどの光が降り注いでいた。
「アレン、そんな驚かんでもいいさー。」
「きゅ、急に声かけられたら、誰でも驚きます!!そ、それに、この本は!!置いてあったから、手に取っただけで!!」
白髪の少年は、対照的に顔を真っ赤にして、声を荒げる。
手に取っていた本は、表紙は普通のイラストだが、タイトルでちょっと過激なグラビア雑誌だとわかる。
少年、アレンの反応にニヤニヤと笑いを隠せないオレンジの髪をした少年―――ラビは隣のソファに腰を下ろす。
「ふーん。アレンもこんなのに興味を示す歳になったんさねー。」
パラパラと本をめくりながらからかう。
女っ気の少ない教団では、こういった娯楽が必需品となる。
特に、任務で生死がかかるファインダーやエクソシストには、息抜きが必要だ。
おそらく誰か団員が、使いまわしをして、談話室に置いていったのだろう。
「だ、だから違いますって!!誰の本だろうって思って手に取っただけですって!!」
「まぁまぁ、男なら誰でも使うさー。アレンは、どの子がタイプなんさ?」
ページをめくるごとに、色んな女性が挑発的なポーズで体をくねらせている。
中には、ほんとにきわどい姿勢の女性もいる。
みんな、超ナイスバディーさー、と呟く。
自分が以前ほどにそれで食指が動かないことに苦笑するが。
「だから、僕はほんの一瞬しか見てませんし!だいたいそういう本に載ってる女性は、正直、タイプじゃないです!!」
「あー、アレンって清楚な子がタイプなんだっけ?でも、正直清楚な子がこういうポーズされたら、余計にグッとくるさ??」
年上の余裕を見せ付けて、チラッとアレンをうかがえば誰を想像したのか、顔が赤くなってる。
若いっていいさーと呟くとパンチが飛んでくる。
「とにかくっ!僕はそんな趣味はありませんし!!」
「ふーん。でも、外見は?髪の色とかどんなのが好きさ?ブロンドとか?」
「別に、外見はこだわりありませんけど・・・・。まぁ、でも黒い綺麗な髪とかいいなーって・・・・
ドカッ
アレンは、急に目の前の机が蹴られて身をすくませる。
「・・・・ユウだけは、絶対渡さんさ。」
机にのっかった足は、さっきまで、ヘラヘラと自分をからかっていたラビの物だった。
顔を見ると、眼帯に隠れて、片方しか見えない目は、完全に据わっている。
「は?えっ?なんで、神田のことになるんですか!?確かに黒い髪ですけど。」
「だって、清楚なコで髪が綺麗なコってユウじゃんか!!」
「神田のドコが清楚だ!!凶暴すぎるだろうが!!」
あまりの言い分にあっけにとられる。
どこをどう捉えたら、神田が清楚に見えるのか。
どんなフィルターをかけているのか、見てみたい。
「だってー、だって、ユウモテるしさー。」
口を尖らしているラビにさっきまでの年上の余裕は微塵もない。
何かと言えば、神田に結びつけるラビに正直イラッとくる。
しかも、その人間が自分と犬猿の仲だと言えばなおさらだ。
「そんなに気になるのなら、神田のタイプでも聞いてくれば良いじゃないですか。」
「ユウのタイプはオレさ!!」
・・・・・即答。
いつもラビのウザいほどのスキンシップに拳で答えている神田に対して、どうしてそう答えられるのか。
殴られすぎて、頭がおかしくなっているのでは?と真剣に心配になる。
そんな心配を余所にラビは自信たっぷりな顔をしたままだ。
その自信をヘコましたくなって、意地悪な質問をする。
「でも、神田ってガチホモなわけじゃないんでしょ?ラビだって未亡人がタイプだし、年齢は10歳から40歳までの節操なしでしょ?」
「うぅ・・・、ひどいさ。。」
「やっぱりあの馬鹿にも、女性の好みってあるんじゃないんですか?」
この雑誌持っていって聞いてみたら、どうですか?とラビをたきつける。
ラビがくやしそうにうぅ〜と唸る。
どうやら、雑誌を持っていってまで聞く自信は無いようだ。
勝った、さっきからかった仕返しだ、と思ってほくそ笑むとドアの開く音が聞こえる。
「あ、ユウー!!」
振り返ると噂をすればなんとやら、当の本人がやってきた。
「チッ。モヤシか。」
「アレンです!!」
お決まりの発言にイラッとしながら、訂正する。
談話室に探していた人物がいなかったのか、神田はすぐに去ろうとする。
その背に、待ってください、と声をかける。
「神田ってどんな人がタイプなんですか?」
「は?タイプ?」
「女性のですよ。この雑誌の中とかでタイプの人いますか?」
さっきの雑誌を神田に手渡す。
隣では、ラビがくやしそうに唸っている。
神田は、1ページ開いただけで眉をしかめて、突っ返した。
「お前、こんなの見ている暇があったら、鍛錬しやがれ。」
「アレッ?雑誌見るの恥ずかしいんですか?」
「アレン、さっき自分が恥ずかしがってたくせに。」
余計な発言をしたウサギの足を思いっきり踏んづける。
声にならない悲鳴をあげて、ラビは顔をしかめた。
「くだらねぇって言ってんだよ。」
「ユウはそん中に好みとかいないんさ!!ねー。」
ラビが嬉しそうに神田に同意を求める。
くそぉ!この女顔が!と心の中で毒づく。
今見ただけでも、長い髪に骨ばってはいるがどこか線の細い体、正直、男から見てもきれいな顔のつくりだと思う。
遠くから見たら、女性と間違うだろう。
「ユウはさ、教団の中に好みのタイプっている?」
ラビは、自分の希望を込めて質問をしている。
キラキラとした熱視線が神田に突き刺さっていた。
まぁ、本人は気付かず、「なんで、お前らに言わなきゃならねぇんだ。」と回答したが。
「ユウー。教えてほしいさー。」
「いいじゃないですか。教えてくださいよ。それとも、言えないような人なんですか?」
アレンの言い方にあっさり挑発に乗った神田は口を開く。
チッと舌打ちするのを忘れずに。
「あー・・・・」
神田が、言いよどむのを見て、ラビが期待が高まっている様子がわかる。
ほんとにこれでノロケやがったら、イノセンス発動してやる。
「あーっ、そうだな・・・・。クラウド元帥・・・とか、だな。」
その日教団の廊下で、泣きながら疾走するオレンジのウサギが見れたとか・・・・。
「何だ?アレ。」
「いや・・・。それにしても、神田って意外ですね。」
クラウド元帥と言えば、ブロンドに大きく張りのある胸、くびれのある腰。
遠くからみても、ハッとするほどの美貌とスタイルの持ち主。
顔の傷も、それすら厭わない強くて美しい女性だ。
色恋沙汰に興味がないと思っていたら、ちゃっかりそんなパーフェクトボディーな女性がタイプだったなんて、正直がっかりだ。
特に、師匠と好みが似ているところなんかが・・・・。
「クラウド元帥が好みって、理想高いですね。」
「あぁっ?だって、任務に対しての姿勢とか十分尊敬できるだろ。」
尊敬って・・・、アレッ?
なんか、この人僕らが言ってたのとずれてる様な・・・・・。
「えっと、つまり神田は尊敬できる女性を言ったんですね?」
「ハッ、お前らがそう聞いてきたんだろうが。」
イヤイヤ言ってないし。
そうか、この色恋沙汰に対しての知識が小学生レベルの男は、好き=尊敬と解釈したのか!!
思い当たって、ラビの不憫さに、少しの同情を寄せる。
フォローする気はさらさらないが。
その日、「ユウの馬鹿、ユウの馬鹿、ユウの馬鹿。」
といじけているウサギにかけた神田の言葉はアレンが知る由もない。
――――お前がいなかったから、今日なんか視界暗かったんだけど!!