「カンダ、×××わたし××××もどる。あとで×××、××。OK?」
ちっとも、聞き取れない異国語の中に、なんとか理解できる単語を探しあて、神田はコクリと頷いた。
どうせ、今日もこの絵描きのオヤジがここに戻ってくるまで、六幻で稽古していればいいのだろう。
絵描きのオヤジは、不器用な手つきでオレの頭を撫で、目の高さに四角い包みをオレに見せ、手渡した。
「××××、××・・・・・・×××。」
手渡されたものは、食べ物であるらしく、どうやら腹が空いたら食べろと言っているらしい。
ってことは、戻ってくるのは遅くなるのか・・・・・・。それだけ分かると、神田は包みを横に置き、六幻を抜き素振りを始めた。
その様子を絵描きのオヤジは少しだけ眺めていたが、やがて静かにその場を離れた。
What is your name?
六幻を振り続けながら、自分がここに連れてこられてからのどれくらいかを数えてみた。
だいたい3ヶ月くらいか・・・・・。
日本から何も分からず異国へ連れてこられ、最初はわけのわからない検査ばかりが行われた。
それからしばらくして、今の絵描きのオヤジが旅に連れてまわるようになった。
いまだに、奴らのしゃべる言葉を理解していない、いや絶対に理解などしてやるものか、と思っていた。
あいつらの言葉を理解したら、それこそ日本には二度と帰れないような気がしていた。
しばらく、ひたすら鍛錬に集中していが、右腕にピリッと痛みを感じ、六幻を止める。
左腕で触れてみると、熱を持ち、僅かに痙攣している。
チッ、使いすぎか・・・・。
六幻を小脇に抱え、近くの水場で腕を水に浸した。
冷たい水の感触に息をつき、目を閉じる。
自分が六幻で鍛錬をしていると満足そうな大人たちの顔が思い浮かぶ。
組織のようなところにいた時は、検査が終われば六幻の鍛錬が強いられていた。
いつか、あいつらまとめてブッ倒して、日本に帰ってやる。
そのための鍛錬だ・・・・。覚えていやがれ。。
日本に帰るあても、方法も分からないまま、心に固く誓っていた。
「×××!××××、××??××!!」
背後で、大声がしてビクッと身をすくませながら振り返った。
いつのまにきたのか、燃えるように赤い髪をした子供が片目だけを大きく見開いてこちらへ近づいてくる。
右目を覆うように前髪が垂れ下がっている。
側まで来ると興味津々といった左の眼でこちらをみてくる。
「×××!!」
「いや、わかんねぇよ。」
「××、×××?」
「だから、わかんねぇって。こっちの言葉知らねぇんだよ。」
「???」
ようやく、言葉が通じないと分かったらしく、大げさに身振り手振りをしてくる。
フンッ、しばらく無視したら、どっかにいくだろう。
しかし、どれだけ反応を返さなくても、わけの分からない言葉で話しかけ、大げさな身振りで何かを示そうとしている。
しかも、一言話かけては、こぼれんばかりの笑みをこちらに向けてくる。
――――こいつ馬鹿じゃねぇの?頭のネジ飛んでるな・・・・・。
傍らの六幻を拾い上げ、鍛錬しに戻ろうとすると、ソイツまで着いてきた。
相変わらず、一言しゃべっては、笑っている。
オレが走って振り切ろうとしても、ソイツも走ってくるし、俺が立ち止まるとソイツも立ち止まっては、俺の顔を覗き込んでくる。
「うっせぇな!!あっちいけよ!!!」
思わずイライラして叫んだら、そいつはキョトンとしてこっちを見上げてきた。
ビー玉のような目に見つめられるのがいたたまれなくなった。
「あー、怒鳴ったりして悪かったよ。これからオレ鍛錬だから・・・・
鍛錬・・・・練習・・・、な、分かるだろ??だから、あっちいけ。な?」
六幻をソイツの目の高さまで上げて、日本語のままだが言い聞かせるように言った。
ソイツは、ニッコリと笑ってコクリと頷いた。
ほっと息をつき、六幻を下ろして歩き出そうとすると、六幻がグィッっとひっぱられた。
びっくりして、振り返るとソイツが六幻ひっぱっている。
「やめろ!!さわんなよっ!」
バシッと音が出そうなくらいの勢いで、六幻ひったくると、ソイツは泣くどころか、口の端をニィッと上げて笑った。
そして、俺の手から六幻をもぎ取ると、そのまま駆け出した。
「ちょっ、やめっ、、返せよ!!」
オレの怒鳴り声を背にしばらく走ってから、こちらを振り返り、ニコニコと笑っている。
「アイツ・・・・、全然わかってねぇ。オイッ!待てよ!!」
ソイツを追いかけていくと、待ってました!というような顔をして更に逃げていく。
かなり足には自信があるのに、ちっとも近づかない距離にイライラしながら、ソイツを追いかける。
視界にチラチラと入ってくる赤い髪がうっとおしくて思わず舌打ちをする。
ソイツはこの辺に詳しいらしく、どんどん知らない道へと入っていく。
「はぁはぁ、はっ、おにっ、ごっこじゃねぇんだぞ。」
やっと、六幻を手におさめた時には、情けないほどに息があがっていた。
ソイツも肩で息をつきながら、ヘヘヘと笑っている。
ソイツを見てると怒鳴ってやろうと思っていた気持ちがしぼんで、
代わりに口角がゆっくり上がっていった。
ソイツのペースに巻き込まれ、鬼ごっこだのかくれんぼにつき合わされ、我に返ったのは二人の腹の鳴る音だった。
「・・・・・どうやって帰んだよ?」
周りを見わたせば、全く見たこともない景色に戸惑った。
「×××?」
「・・・・・おまえが連れてきたんだろうが。どうすんだよ??」
「××!!××、×××??」
帰りたいってなんていうんだ?あのおっさん戻るってなんて言ってたっけ?
簡単な言葉くらい理解しておけばよかったと今更ながらに後悔した。
「バック!!」
頭の中で必死で単語を探りあて、さけんだ。
「バック!!バックだよ!さっきのトコに帰んだよ!!」
「BACK??OK!!」
ソイツは目の高さを合わせてニコッと得意の笑顔を見せた。
ソイツの大きな目の中にはオレの泣きだしそうな顔が写っていた。
ソイツはオレの手をキュッと握ると歌いながら歩き出した。
オレは、訳のわからない歌を適当に真似して歌い、たまに二人で顔を見合わせて笑ったりした。
元の場所に帰り、絵描きのオヤジから渡された包みをあけるとサンドイッチがたくさん入っていた。
半分ソイツに分けてやり、ついでに嫌いなものもソイツに押し付けた。
ソイツは帰り際に、「シーユー、アゲィン!!」といって走っていった。