Place
いつだって、人は見た目以上に複雑で。
鍛錬中に森の中で迷子になった。
それ自体は珍しいことではないが。
認めたくはないが方向音痴の為、鍛錬中に迷子なんてよくある話だ。
とりあえずあせっても仕方がないので、木陰で寝ていた。
起きたら、視界は緑一色・・・・・。
次の瞬間、茂みに顔を突っ込んでたと分かってブルブルッと身震いする。
全身毛を逆立てたしような感覚に陥り、フト体を見ようとすると・・・・
やたら、視界が地面に近い・・・・。
恐る恐る自分の手を見てみると、白い毛で覆われている。
「ゥニャッッッ!!」
驚いて声を出すと喉でつぶれた様な声。
気を取り直してもう一度声を出してもかぼそい「ニャー・・・」と聞こえる。
まさかまさかまさか・・・・・・・。
結論を出してしまいそうな自分の思考を停止させる。
イヤイヤそんな馬鹿な・・・・。
ありえないですって・・・・。
立ち上がって、前に進もうとしても、足が前に出ない。
なんとか進もうとすると、四つん這いで四足歩行になってしまう。
これは、もう間違いなく・・・・・
「ネコ?」
アレン・ウォーカーは猫になってしまった。
猫になったからと言って、方向音痴が直るわけもなく。
むしろ、猫になったほうが視界に慣れなくて、どこをどういう風に進んでいるのか、
全く見当もつかない。
猫になったままじゃぁ、誰も見つけてくれないよなと悲観的になる自分を必死に鼓舞して歩きつづけた。
お腹が、グーっとなる。
このまま猫のまま野垂れ死に・・・。
嫌な想像が頭を過ぎり、ご丁寧に映像まで浮かんでくる。
「ニャー!!ニャニャーッ(嫌だ!!こんなとこで野垂れ死になんて!!まだ、師匠の借金に追われている方がマシだ!!)」
半泣きになりながら、闇雲に走り回る。
茂みばっかりだった視界が、急に明るくなり、目の前に黒い靴が現れる。
「ニ゛ャー!!」
「っうわっ!!」
人間の姿だったら、号泣する勢いで鳴きながら必死に目の前の足にしがみ付く。
不意をつかれたその人物は、目を丸くして足元を見る。
大きな切れ長の目を見開いて。
ゆれる長い髪の間から見えた。
(ッ神田!!)
飛びついてしまった人物が意外すぎて固まる。
普段から犬猿の仲。
任務で一緒になるとケンカする。
食堂で一緒のテーブルになると食器をひっくり返す。
廊下ですれ違うだけで小競り合いが勃発する。
(やばい、もっとマシな人間だったら良かったのに・・・。僕の人生終わった。)
唯でさえ、友好的ではない間柄なのだから、今この姿を見たら、この人でなしは何をするか!!
15年の人生経験が走馬灯のように頭をかけめぐる。
ひょいっと首根っこをつかまれ持ち上げられる。
猫みたいに扱うな!!と文句を言いかけて、ニャーと頼りない声が響く。
(そうだ、今は猫だった・・・・。)
首をうなだれようにも持ち上げられていてそれもかなわず、神田にされるがまま・・・・。
(虐待されたら、動物愛護団体に訴えてやる!!)
鬼気迫る勢いで神田の顔を見ると目の高さに持ち上げられたアレンの瞳とぶつかった黒い瞳が揺れた・・・・。
次の瞬間、信じられないが、ほんとに信じられないが、神田がわずかに笑ったのだ。
(・・・・っうっわー・・・)
神田が笑うことなんてあるのかと思ったのと同時に・・・・。
初めて間近で見る瞳は、深くてずっと見ていたいような色だった。
神田は、僕を地面に降ろすとツンツンと頭をつつく。
黒い瞳は、興味深そうに僕の耳に視線が集まり、耳もツンツンとつつかれる。
むずがゆいような感覚が体を走り、体がブルッと大きく震える。
神田はビックリしたように手を止め、「悪い、悪い」と小さく呟いた。
(この人、もしかして、猫好き?それにしては、扱いなれてないし・・・・。
まぁ、動物に好かれるような人でもないと思うけど・・・・。)
神田はじっとこちらを見つめ、こんなに視線を感じたことがないから、妙に照れてしまう。
猫の顔が毛で覆われていて良かったと思った。
神田は、しゃがんだ姿勢のまま地面に手を伸ばすとブチッブチッと草をちぎる。
神田が手にしたのは、猫じゃらし。
(イヤイヤ・・・・マジで?そんなわけないじゃん。)
そのまさかで、あんのじょう目の前でプラプラ揺られる。
(全然、遊びたくないし!!それより早く連れて帰って、ご飯!!)
だいたい普通の猫でも猫じゃらしで遊ぶんだろうか?
ふとそんなことが頭を過ぎり、心なしか神田の目がキラキラしているような気がして、少しの罪悪感を感じる。
しばらく、パタパタしていた神田だが、あきらめたのか猫じゃらしをポイッと草むらに放り投げる。
その時に「ちっ」と聞こえたのは気のせいだろうか。
(猫に対してもガラが悪い・・・)
そんなことを思ってると神田が立ち上がって、膝についた泥をパンパンとはらう。
「じゃぁな。」
神田は小さくそう言うとクルッと背を向ける。
立ち去っていきそうなその足に急いでジャンプしてしがみ付く。
「オレもう帰るから、お前も親んトコ帰れ。」
少し丁寧に神田は僕を引き剥がした。
シッシと手をはらう神田の足に再び食らいつく。
「なんだ?腹でもへってんのか?」
「ニャー!!ニャニャーッ!!」
(そうだけど!!死ぬほどへってるけど!!教団へ帰る道を教えてほしいです!!!)
必死に訴えてみるが、ちっとも通じない。
神田はまた僕を引き剥がすと、少し離れたところにおき、クルッと背を向けて足早に歩く。
神田が歩いて行くのを必死で追う。
「・・・・付いて来んのか?」
「ニャー!!」
(はい!!)
「ほんとに来んのか?」
「ニャー!!」
(はい!!)
神田は軽くため息をついて、僕を抱き上げる。
腕の中に納まったの僕は久々に安心というものを感じた。
僕が揺れないように気遣ってかいつもよりゆっくり歩く神田は小さく呟く。
「あんなぁ、俺の行くトコなんかろくなトコじゃねぇからな。
大飯ぐらいはいるし、変態実験バカもいるし、人使いの荒い料理長はいるし、足グセの悪い女もいるし・・・・」
(大飯ぐらいってほっといてくださいよ!!リナリーに足癖悪いってチクッてやる!!)
「お前なんて見つかったら、食われちまうぞ・・・」
カチンと来た僕は、神田の腕にこっそり爪を立てる。
ほんとは、ひっかいてやりたいのをここで振り落とされたら大変なので、なんとか堪える。
教団に戻って、神田の部屋に着くと、ベットの上に乗せられる。
「大人しくしとけよ」の言葉と共に神田が部屋から出て行く。
ベットの上で思いっきり伸びをしながら、これからどうするかを考える。
さっきは、とりあえず教団に帰ったら何とかなると思っていたのだが・・・・・。
何ともならないよな・・・・・。
まずこの姿を気付いてもらわないと!!
コムイさん辺りが変な実験してたとかだったら、引っかいてやる!!
しばらく穏やかでない作戦を考えているとパタンと神田が部屋に入ってくる。
ゴトンと言う音と共に目の前に置かれたのは、ビンに入ったミルクと袋にパンパンに詰められたニボシ。
(・・・・うう、粗食だ。)
そう思ったのもつかの間、皿にナミナミとミルクをつがれ、あまりの空腹感に前のめりになってミルクを飲む。
もともと、極貧生活を体験していたので、出されたニボシもあっという間に片付いた。
皿をペロペロと舐めていると、そっと頭を撫でられる。
「ネコってよく食うんだな。」
(いやいや、そんなわけないし。あきらかにおかしい量だったし。僕だって気付いてください!!)
しかし、こんな大量のミルクやニボシを神田が持ってくるなんて、きっとジェリーさんが神田がカルシウムをよく取るようにという配慮ではないのだろうか?
喉をなでられ、無意識のうちにゴロゴロと喉が鳴る。
「あ、お前怪我してるのか。」
遠慮がちに左前足をさわられる。
今まで、教団に戻ることに必死であまり気にしていなかったが、左手に当たる左前足は寄生型イノセンスのままなのか、毛が生えずに赤黒くなっている。
気持ち悪い、と言われてきたザラザラの皮膚の色だ。
神田の手が左前足にふれるのと同時に体がビクッと硬直する。
いつも奇異の目にさらされ、ふれられることに慣れていない。
一瞬、封印したはずの苦いそして、愛しくて苦しい思い出が引っ張りだされそうで、思い出を振り払うように頭を振った。
「悪りぃ、痛かったか?」
神田は、僕が痛がってると勘違いして手を引っ込めた。
気を悪くしただろうなと心配していると神田は机の引き出しをゴソゴソと探っている。
もう一度そっと左前足に手をふれられ、小さな包帯をクルクルと巻かれる。
(・・・・///バカじゃないんですか?怪我しても包帯しただけだったら治らないですし・・・。)
心の中で毒づきながら、左手をふれられている事が、居心地悪く感じさせる。
特に、大切そうにふれられている気がして・・・・。
許されてる、とそんな錯覚におちいりそうで・・・・。
包帯が巻かれると、もう一度抱き上げられる。
その腕の中は、ひどく安心できて・・・・。
猫でいるのも悪くないかも、なんて馬鹿な考えが頭をよぎる。
腕の中で、ウトウトとしていると神田は部屋を出て、外に連れて行かれる。
そこでそっと地面に下ろされると「ちゃんと帰れよ。」と声をかけられる。
「ニャー!!ニャニャー!!(嫌です!!僕は、アレン・ウォーカーなんです!!)」
神田の足に前足を引っ掛けて必死に訴える。
眉をしかめて、神田はしゃがみ込む。
前だったら、怒ってるんだと感じる表情も今は、困った表情なんだと分かる。
頭をゆっくりなでられ、小さく呟くような神田の声が聞こえる。
「あんなぁ、ここじゃお前を飼えない。」
ここに居たい、必死に伝えたくてもキミに届く言葉は出てこない。
「ここにとらわれるな。・・・・俺みたいに、なっちまうぞ。」
僕に発せられたのではない言葉は、キミの闇が一瞬見えたような、気がした。
「ニャー・・・・。」
それでも、それでも、僕は・・・・
ここに居たい。ここしか居場所はないんだ。
キミに伝わる言葉ではないけれど。
神田が寝静まったのを見て、ベットに飛び乗る。
まだ猫の姿のままだが、あせりはなく、明日コムイさんとこに行こうと決意する。
規則正しい寝息を立てる神田の顔を見ながら体を丸める。
キミは、何を思ってるのだろうか?
いつもより近くにいた分、違った姿が見れた。
キミの抱えているものを知りたいと思った。
人間に戻ったら、キミに伝える言葉があったら、知ることができるのだろうか?
夜明けまで、あと四時間。
神田の腕の中でまどろんで、目が覚めたら、元の姿だった。
固まる神田に、状況の説明と少し距離の近づいた関係を作る。
そんな朝まであと四時間。
キミの抱えている闇も僕の抱えている闇もいつか明ける時が来る。
かなうなら、どうか一緒にいさせて・・・・・。
ルカさんに捧げます!!
下手くそで押し付けてごめんなさい!!
でも大好きなんです!!
二万HITおめでとう!!