総武線、津田沼行き







携帯電話を握り締め自問自答。

ここ一週間の日課だ。

終電でぶつかった信じられないような美人と、知り合いになったのは、一週間前。

財布を忘れた彼女を部屋に泊めた事は、現実感がなくて夢じゃないんだろうかと疑ってしまう。

しかし、その度に携帯のアドレスのカ行をめくると『神田ユウ』の文字がしっかりと表示される。

「夢じゃないんさよねー。」

「・・・・・さっきから、ブツブツうるさいよ。」

正面から、声をかけられ、大学の食堂にいた事を思い出す。

うるさいと言ってきたのは、大学の後輩のアレンだ。

オレの使っていた教科書を広げて、テスト範囲の書き込みをしている。

テスト中ということもあり、食堂は食事よりテスト勉強をしている学生の方が多いくらいだ。

「ごめんさ。アレン。テストの調子どうさ?」

「ラビのノートと教科書のおかげで助かりました。単位落とさずにすみそうです。」

「そりゃ、よかったさー。」

携帯の画面を『神田ユウ』にしたまま適当に相槌を打つ。

「それにしても、アレン。全部オレと一緒の講義にしなくても、良かったのに。オレ結構、難しいの取っちゃったさー。」

「いいんです!!ラビと一緒の講義だったら、教科書全部もらえますから!!」

アレンの方を見ると、目がギラギラと輝いている。

アレンは、苦学生なのか、お金の事になると俄然、態度が違ってくる。

「いいですか!?だいたい大学の教科書は高すぎなんですよ!!しかも、教授の書いた本ばかり!!学生に売って金儲けしようとしてるなんて許せません!!」

「ちょっ!!アレン!声大きいさ!!」

シィーとアレンをなだめるが、テスト勉強中の学生の視線を集めるには十分過ぎる効果があり視線がチクチクと突き刺さる。

「お金と言えば、ラビ。今度のバイト『執事喫茶』でやろうと思ってるんですけど。」

「はぁ?『執事喫茶』??」

「そうです。今、話題の!時給良いんですよ〜。」

ほくほくした顔でアレンは、求人雑誌を見せてくれる。

たしかに、TVとかでは、執事喫茶が人気とは聞いたことがあるけど、まさか身近に働こうと考えてる奴がいるなんて・・・・

「大丈夫なんさ?ソコ。ホストクラブとかじゃないさ?」

「大丈夫です!!有名なトコらしいですから!ホストクラブはもう二度と働きたくありません!!」

顔まで真っ白にして、震えるアレンにどんなトラウマができたのかは、聞けずじまいだ。

携帯をパチンと閉じてふぅっとため息をついた。

「さっきから、携帯見てため息ついて、どうかしたんですか?」

「・・・・・・いや、ちょっとだけ気になる子がいて・・・・電話どうしよっかなって思ってさ。」

「かければ良いじゃないですか。いつものラビらしくない。」

正直なオレの告白を聞いて、アレンは目を丸くしている。

確かに、今までのオレは、あんまり恋愛の相談を人にするまでもなく、即行動派だった。

でも今回は、電話すら一回もかけられずにいる。

(それに、まだ好きだって決まったわけじゃないさ。ちょっと美人だから、気になってるだけで、まだ好きじゃないしさ。)

それに向こうから、かかってくるという一縷の望みもある。

お礼すると向こうから言ってきたわけだから、こっちからかけると逆に催促してるみたいに思われても嫌だし。

しかし、かかってこないまま一週間が過ぎようとしている。

(あぁーーーー!!どうしても、もう一回会いたいさ!!)

「かけたいんだけど、なかなかタイミングがないんさ・・・・。」

力なくアレンに言い訳して、頭を抱え込んだ。

「まぁ、気分転換にラビ、行きましょう!!」

「ヘ?どこにさ?」

ボケッとアレンの方を見るとニッコリした笑顔で求人雑誌を持っている。

「ココ。下見行きましょう!『執事喫茶』へ。」

「はぁ??マジでさ!?」

「はいはい。大マジですよ〜。その気になる子もお客さんとして来てるかもしれませんしね!」

女性をイチコロにする笑顔を前にラビは、「そんな所に行かないさ!」と言い返す事ができず、うなづくしかなかった。



























「で、何でココに入んのさ??」

アレンともう一人後輩のチャオジーと向かい合わせに、男三人には似つかわしくないピンクで色取られたテーブルに座る。

喫茶店によくかかっている絵画の代わりに、イラストレーターの書いた美少女キャラが額に入れられて飾ってある。

渡されたメニューを見れば、この店のイチオシは『萌え萌えオムライス』・・・・・。

「・・・・ココってメイド喫茶っスよね?」

ぅわぁー、初めて入ったー、とチャオジーは顔を赤くしている。

「執事喫茶が完全予約制なんて、知りませんでした!」

「うん。それは分かったから・・・。なんで、ココに入るんさ?」

本日二回目の質問を繰り返す。

いいかげん、先輩の話聞いてくれないかなー。

「せっかく、来たんですから、このまま帰るなんて、もったいないです!!
執事喫茶がダメなら、話のタネにメイド喫茶に入ってみたいじゃないですか!!」

「オレも気になってはいたッス。でも自分が入るなんて思ってもみなかったですけど。」

チャオジー、お前みたいないい子がアレンの親友で先輩は心配だよ・・・。

「まぁ、一回くらい入ってみたいけど・・・・。」

言葉を切ってピンク色の店内を見回す。

ピンクで統一された調度とオジサンやオタクを中心とする客層は全く似合わない。

その似合わない中に自分たちもカウントされるのかと思うと・・・

「恥ずかしい・・・・・さね。」

アレンはこんな状況でも、おかまいなしに真剣にメニューを吟味している。

チャオジーは視線のやり場がないらしく、隣のアレンが独占しているメニューを横から覗き込む。

水を運んできてくれたツインテールのメイドさんは、ニッコリと笑って「お帰りなさいませ、ご主人様。」と定番のセリフを言ってくれた。

ピンクのメイド服に白の前掛けエプロン、頭にはピンクのカチューシャをして、顔は、普通にというかかなりカワイイ・・・。

チラチラと横切る他のメイドさん達を見ても、この店の女の子はかなりレベルが高いのだろう。

メイド服以外は個人の自由らしく、向こうで接客している漫画に出てきそうなおさげの髪にメガネをかけた女の子は猫耳のカチューシャをしている。

「オススメって何ですか?」

アレンがニッコリとした顔で、メイドさんに話しかける。

アレンがテーブルに置いたメニューをめくりながら、丁寧にオススメメニューを教えてくれる。

結局3人が選んだのは定番のオムライスだった。

水を一口飲み店内の注意書きを見ていると、写真厳禁、90分制、メイドさんに触るのはダメ、キャバクラのようなシステムもある。

「アレン、オムライスだけで足りるんさ?」

「だって、夕飯じゃありませんから、今日はバイトで賄が出るんでしっかりお腹を空けとくんです。」

アレンが本気を出せば、この店の食材が全て空になるくらい食いつくしかねない。

「ラビ先輩、オムライスでダレ指名するか決めましたか?」

「ん?んー、誰でもいいけど、さっきの子でいいや。」

「ダメです!!さっきの子は僕が指名するんです!!」

指名だのなんだのまさにキャバクラのような事を言っているのは、頼んだオムライスが、

『萌え萌えオムライスvご指名のメイドがご主人様の為にお好きなメッセージをその場でお描きしますvv』

というものだからだ。メイド喫茶でオムライスに文字を描いてもらえるのは知っていたが指名できるとまでは知らなかった。

他の常連っぽい客は、お目当ての子がいるらしく、テーブルの近くにメイドさんを呼んで話をしてもらっている。

すごいさー、と思いながら、チラチラと見ていると隣のテーブルの料理が出来上がったらしく、

「どのメイドになさいますか?」と聞かれている。

隣の男性は、オドオドとしながら、「ケ、ケイさんで・・・。」と答えた。

どのメイドにするかなんて聞かれても、初めて来たしわかんねーさ。

「チャオジー、なんて描いてもらうか、決めたんさ?」

「え?・・・えーっと。こんな時なんて描いてもらうんスかね?」

「知らないさ。」

「あ、隣の人もオムライスみたいですよ。なんて描いてもらうんですかね?」

3人は無言になって、ばれない様に隣のテーブルを盗み見する。

オムライスを運んで来ているのは、初めて見るメイドさんで、長い黒い髪をポニーテールにして・・・・、













顔を見た瞬間、息が止まった。

今まで散々会いたいと思っていた「神田ユウ」その人だったのだ。

ユウはこちらに背を向けているので、全然気付いた様子もない。

常連客としゃべっているだけで、何の話をしているのかすごく気になって、ソワソワする。

こないだ会ったカンジでは、こういうところでバイトする子には見えなかったし、もしかして人違いなんじゃと思うが、

あの時から刻みついている記憶は間違いなく彼女だと知らせる。

左胸につけている名札には「ケイ」と書かれており、もしかして双子の姉妹?と頭をよぎる。

接客が終わったのか、軽く頭を下げて彼女は足早に去っていった。

ふと、視線を感じて、正面のアレンを見ればニヤニヤした顔でこちらを見ている。

「ラビ、あの子がタイプなんですか?すごい熱視線でしたけど。」

「えっ!!イ、イヤ、違うさ!!知り合いかもしれなかったから、見てただけさ!」

「ラビ先輩の知り合いっスか?すごい美人でしたね。」

アレンがものすごい意味ありげな視線で見てくるのに腹が立って、こっそりテーブルの下で足を蹴った。

そうこうしているうちに、3人分のオムライスができたらしく、「ご指名のメイドは?」と聞かれる。

アレンは、さっきのツインテールの子を指名し、チャオジーはおさげの女の子、オレは多分?神田ユウを指名した。




目の前にコトッと料理を置かれ、「何を描くんだ?」と、メイド喫茶には似つかわしくないサバサバした口調で彼女は言った。

「えっと・・・こういう時って皆なんて描くんさ?」

「・・・・あっ」

彼女は、小さく声を上げて、目を真ん丸く見開いた。

ケイと書いてある名札のその子はやっぱり神田ユウらしい。

「へへ、久しぶりさ!覚えてる?」

「あ、ああ・・・。」

「ごめんさ、ビックリさせて。オレもさっき見つけてビックリしたさ。」

ユウは、居心地悪そうに視線を外し、お絵かき用のケチャップを両手で握っている。

もしかして、困ってるのかも!と思い、あわてて何を描いてもらうのかを考える。

しかし、すぐには出てこなくて余計に時間だけがたつ。

「なんか、得意なのってある?」

「・・・ネコとか。あんま上手くねぇけど。」

「じゃぁ、それ描いてさー!!」

わかったといって、ユウはお皿を抱え込むようにして、一生懸命描いてくれた。

他のメイドさんはお皿をテーブルの上に置いたままサラサラッと絵を描くのに比べ、ユウはまだあんまり慣れてないらしい。

なんか、かわいーさ、と思っていると出来上がったのかお皿を目の前に置いてくれた。

シンプルなネコの絵の側に「ネコ」と説明書きが添えてある。

「ニャー」とか「ニャンv」じゃなくて「ネコ」なんだ・・・。

ユウは、描き終えると逃げるように厨房に帰っていってしまった。

















ハァーッと大きくため息がでる。

オムライスはトロットロでおいしかったが、ユウの態度が気になる。

(絶対、アレは困ってたさー。もしかして、知り合いにこのバイト知られたくなかったんかな?

もしかして、嫌われたさ!?)

悶々と悩みながら、トイレのドアを開けようとすると、後ろからトントンと近づいてくる足音が聞こえる。

「あっ、オイ。」

「ん?あ!!ユウ!?」

「悪い、この間のことなかなか連絡しなくて。」

ユウは、小声で話し、チラチラと後ろのホールを振り返っている。

幸い他の客がトイレの通路の方に入ってくることはないようだ。

「え!イヤ!!全然!!」

「お礼とかなんかよくわかんなくて。なんか好きなものとかあるか??」

「え、えと・・・・。お礼とか全然いーさ!なんもしてないし。」

あわてていたので、考えがまとまらず言葉の方が先に出てくる。

確かに、お礼は別にいらないが、ユウと会える機会は欲しい。

お礼の代わりに一緒にご飯行こうって誘えば良かったと後悔する。

「そんなん悪いし。あー、じゃぁ、嫌いな食べ物とかあるか?」

「へ?イヤ、ないけど・・・。」

「じゃぁ、今週の木曜の夕方とか空いてるか?」

一瞬テスト日程が頭に浮かんだが、すぐにそれを打ち消し大きくうなづく。

ユウとデートなんだから、単位一個ぐらい落としたってかまわないさ!

詳しいことはまた連絡するとユウは言って、急いでホールに戻っていった。

現金なオレは、すごい上機嫌になり、アレンに二回も気持ち悪いと言われた。

それでも、後輩思いのオレはちゃんとオムライス三人分おごってやった。

・・・・・ユウの前だから、カッコつけたかったのもあるが。
















木曜日4:30。

ユウのバイトが4時に終わるから、駅前で待ち合わせ。

お店のユウファンに見られたら、殺されるさ。

だから、一応2駅離れたところでオシャレな居酒屋を検索済み。

ユウが行きたいお店なかったらそこにしよっと。

お礼の一回で終わりって事がないように、今日は絶対次の約束をオレから誘うんさ!!

今日のご飯の約束はユウから誘ってもらったし、情けない。

今日はリベンジさー。

待ち合わせ時刻の5分くらい前に、ユウの姿を発見する。

髪の毛を高い位置でくくって、姿勢良く歩いてくる。

遠くからでも、すぐに発見して、口元がほころぶ。

オレが手を振ると気付いてくれて、走ってこっちに向かってくるのが、無性に嬉しい。

「悪い、待たせたか?」

「ううん。全然待ってないさ!」

少し息を弾まして、ユウはこっちに来た。

今日のユウは、ロールアップのデニムにオーソドックスな黒のチュニックワンピースを着て、めちゃめちゃカワイイ。

こないだのメイド服も死ぬほど可愛かったけど、こっちも相当かわいいさ!

「あ、これお礼。遅くなって悪かったけど。」

ユウは、手に持っていた紙袋は今話題の洋菓子店の袋。

水色の袋が夏仕様になっていて涼しげだ。

「これ、テレビで見たことあるさー!ありがとうー!!」

「友達が旨いっていってたから。甘いもの大丈夫か?」

「うん!!すごい好きさー!ほんとに大したことしてないのに・・・」

ご飯に一緒に行けるだけでも、ラッキーなのに、プレゼントまでもらえて超嬉しい。

ワクワクしながら、袋の隙間から中を覗き込む。

「悪かったな。わざわざ取りに来てもらって。」

「へ?ううん、全然!」

「じゃぁ・・・」

ペコッと頭を小さく下げて、ユウは改札の方へ目をやる。

「えっ!!」

これって、もしかして、もしかしなくとも、サヨナラの合図ですか!?

なんで?なんでさ!?ご飯は!?



・・・・・・そういえば、ユウ一度もご飯行くとは言ってないかも!!

嫌いな食べ物聞かれただけだし、お礼を食べ物にするから聞いただけなのか!?

ご飯行こうと思ってたのは、オレの早とちりだったんさ!?

「どうかしたか?」

ユウは、オレが急に大きな声を出したことにビックリしたようで、キョトンとした目でこちらを見る。

ほんとに、ユウはお菓子だけ渡したら帰る気だったことがわかって、顔がサァーっと青ざめる。

心臓がバクバク言い始めて変な汗が額をつたう。

「え、えっと。ユウこれから用事ある?」

「特に、ないけど・・・。」

「あの、ご飯とか・・・・行かない?」

自分の声か?と疑うくらい変な声が聞こえる。

超意識してるのが、バレバレだなーと冷静な自分が思う。

「今からか?まだ五時にもなってないぞ?」

ユウに言われて腕時計を見れば、4時半過ぎ。

時間さえ見方してもらえないことに、泣きそうになる。

「あー、じゃぁ、お茶とかは?」

「イヤ・・・でも、保冷剤が・・・・・。」

あ、そっか・・・。保冷剤入ってるから、冷やさないとダメなんさね。

ユウからもらったものを腐らすわけにはいかないし。

今まで、浮かれていた分、衝撃が強くて、ユウの前だというのに、ものすごく落ち込んだ。

「一回、家帰って冷蔵庫に入れてきたらどうだ?オレ、ココで待ってるし。」

待ってるし、という言葉がエコーを響かせて、頭の中を鳴り響く。

さっきのテンション急降下から一気に再浮上さ!!

「いいんさ?ちょっと時間かかるけど。」

「大丈夫だ。戻ってくる頃には、飯にちょうど良い時間になってるだろ。」

超っ早で行って来るさーと、言って改札にかけ込む。

ユウがオレの為に待っててくれると考えただけで、心がワクワクとしてくる。

電車に飛び乗って、早く、早くと念じながら、窓から流れる景色を見る。

アレンには、格好つけて、ちょっとだけ気になる子がいるっていったけど・・・。

ちょっとどころじゃなく、かなり好きかも・・・。









自覚するのが、遅かったけど。

恋はいつだって、各駅停車には乗せてくれない。

乗車したら、終点まで超特急。

どうか、どうかユウも特急列車に乗ってくれますように!!